テラーノベル
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体育館の床は冷たかった。ワックスの匂いと、人の熱が混ざって、空気が重い。
文化祭の準備。
クラスごとに固まって作業している。
遥は端に立っている。
材料の箱の横。
手を伸ばすタイミングを探している。
だが、その前で会話が始まる。
「それさ、あいつに触らせない方がよくね?」
軽く言う。
笑いが混じる。
「分かる。絶対ズレるじゃん」
別のやつが返す。
手は止めない。
作業を続けながら。
「前もさ、貼る位置ミスって全部やり直しになったじゃん」
「あー、あれな」
思い出したように。
「しかも謝り方もなんかズレてたよな」
笑いが重なる。
遥は動けない。
会話の外にいる。
だが全部聞こえる。
「てかさ、何で毎回あいついるの?」
誰かが言う。
少しだけ声を落として。
「いなくてよくない?」
「人数合わせだろ」
すぐ返る。
「それでもいらんくね?」
笑い。
「むしろ邪魔」
重なる。
手が動く音が続く。
紙を切る音。
テープを剥がす音。
全部普通に進んでいる。
「なんかさ、空気読めてないのに“やろうとしてくる”のが一番だるい」
誰かが言う。
「分かる」
即座に返る。
「何もできないなら黙ってろって思う」
重なる。
遥は手を引く。
まだ何も触っていないのに。
「てかさ」
別の声。
「存在感が中途半端なんだよな」
笑い。
「いるならちゃんとやれっていうか、やれないなら完全に消えろっていうか」
言葉が続く。
「どっちもできてないのが一番イラつく」
静かに落ちる。
遥は立ったまま。
何も言えない。
「あとさ、あの目」
誰かが言う。
少し顔を近づけて、別のやつに。
「ずっとこっち見てる感じ、普通にキモくない?」
「分かる」
即答。
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Ren .
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「何考えてるか分かんねえのに見てくるの無理」
笑い。
「話しかけてこないくせに、関わろうとしてる感じが気持ち悪い」
重なる。
遥は視線を落とす。
床。
何もない場所。
「てかさ、あいつ多分自分が嫌われてる理由分かってないよな」
誰かが言う。
「絶対分かってない」
即座に返る。
「だからああいう動きになるんだろ」
笑い。
「普通、あそこまでやられたら空気で察するじゃん」
「それができないのがやばい」
重なる。
遥の指が少し動く。
だがすぐ止まる。
「なんかさ」
別の声。
少し低い。
「話通じないやつって感じ」
言葉が落ちる。
「説明してもズレるし、黙っててもズレるし」
続く。
「どう転んでもズレるの逆にすごくね?」
笑い。
小さく。
だがはっきり。
「てかもうさ、関わらないのが正解じゃね?」
誰かが言う。
「触らせない、話さない、近づけない」
三つ並ぶ。
「それで安定するだろ」
納得する声。
「実際それで回ってるしな」
重なる。
作業は止まらない。
むしろスムーズになる。
「てか今もさ」
別のやつが言う。
「何もしてないのに、なんかいるだけで空気重くね?」
笑い。
「分かる」
すぐ返る。
「なんか“いるな”って感じがずっとある」
言葉が続く。
「それが邪魔」
短く落ちる。
遥はその場に立っている。
動かない。
動けない。
「あとさ」
誰かが少し声を落とす。
「さっきの並びのときもそうだったけど」
話が変わる。
「自分だけ外れてるのに気づいてるのに、あえて残るのなんなん?」
「分かる」
即答。
「普通、あそこまでズレたら引くだろ」
笑い。
「引かないからこうなるんだろ」
重なる。
遥は何も言えない。
ただ聞いている。
全部。
逃げ場がない。
「てかさ」
最後に誰かが言う。
少しだけ間を置いて。
「ここまで来るとさ、もう直らなくね?」
静かに落ちる。
「今さらどうこうできるレベルじゃないだろ」
誰も否定しない。
そのまま受け入れられる。
「だからさ」
続く。
「もう“そういうやつ”として扱うしかないよな」
決める形。
笑いが少し戻る。
軽く。
だが終わらない。
作業は進む。
形は出来ていく。
遥の手は一度も使われない。
ここでは、直接言葉は向けられない。名前も呼ばれない。ただ、すぐ横で全部が言われて、その内容だけが残る。否定も反論も入る余地がなく、会話は最初から閉じていて、結論だけが共有される。遥はその中にいないまま、その結論の対象としてだけ置かれている。
コメント
1件
いや……めちゃくちゃ重かった。体育館の匂いとか作業音とかで「日常」が動いてるのに、遥だけその輪の中にいない感じが映像で見えてくるみたいだった。「あいつ」とか「邪魔」って言葉が誰かに向けられてないからこそ逃げ場がなくて、ズシリと来たわ。ruruhaさんの空気の描き方、容赦なくて好き。読後、胸がぎゅっとなるエピソードだった。