俺は店員の話を聞き流して、一人用のセットばかり見ていたが、彼は諦めなかった。自分が薦めるセットの良さを饒舌に語ったが、俺はかなり迷惑そうな表情をしていたと思う。
「ノルマがあったんだろうな。段々、すげー必死になってさ。根負けして、あれを買ったんだ」
一メートル角のテーブルに、イス二脚。
イスを四脚薦められたが、それは頑なに拒んだ。
「あれがなかったら、椿をこの家に住まわせなかったかもしれない」
「え?」
「あのテーブルで椿と向き合って食事をした時、買って良かったって初めて思った」
食に無頓着な俺は、あのテーブルで食事をすること自体、あまりなかった。
けれど、椿が来てから、毎日あのイスに座っている。
「誰かと向き合って食事をするのが楽しいって、楽しみだって初めて思った」
「彪さ――」
「――この先、ずっと、あのイスに座るのは椿だけだ。毎朝、あのテーブルで一緒に朝ご飯を食べよう。寝坊した朝でも、せめて一緒にコーヒーを飲もう。晩ご飯もそうだ」
誰かと食卓を共にするなんて考えたこともなかった。
向かい合って、仕事の話をしながら椿の作った料理を食べる。
今の俺には、至福の時だ。
「きみが好きだよ。料理上手で、人のことばっかり気にして自分のことは後回しで、俺を認めてくれて、尊敬してると言ってくれるきみが、誰よりも好きだ」
椿の碧い瞳が大きく揺れる。
「椿は自分を甘やかすことが下手だから、俺が甘やかしたい」
「そんな――」
「――好きだよ」
身を屈め、そっと口づける。
うっかり挿入ってしまわないように、必要以上に腰を引いた。
「ご利益……ありました」
「え?」
「初めて彪さんと話した時、アパートまで送ってもらった時の願い事、叶いましたよ」
「ああ。『拝ませてください』ってやつ?」
あれから、四か月。
まだ、たった四か月。
俺の価値観や人生観を変えた、四か月。
椿に拝まれたのが、随分昔のことのよう。
「彪さんのそばで仕事に邁進出来ました。彪さんのお陰で大成できそうです。彪さんのような男性とご縁がありました」
確かに。
仕事に関しては、俺はきっかけを作っただけで、椿の努力の結果だ。
だが、確かに椿の願いは叶っている。
なんだかおかしくなって、ははっと笑った。
「ホントだ」
椿も目尻を下げて笑う。
「あの日、捨てられた資料に気づいて良かった」
「うん。椿に見つけてもらえて良かった」
笑い合って、見つめ合って、キスをした。
何度も、キスをした。
椿が俺の首に腕を回す。
俺は彼女の腰を抱く。
見つめ合ったまま、俺はゆっくりと腰を揺らした。
椿が少しでも、ほんの少しでも嫌がったり迷ったりするならやめようと思い、瞬きもせずにその反応を窺った。
だが、気持ち良さそうに目を細めても、戸惑いや不安は見えない。
「愛してるよ……」
許しを請うように、囁いた。
「私も……愛しています」
許しを与えるように、囁き返された。
ゆっくりと、椿の温もりに包まれていく。
快感が、電流のように背筋を這い上がる。
「あ……」
あまりの気持ち良さに、思わず声が漏れる。
それは彼女も同じ。
「ん……っ。は……ぁ……」
悩まし気な吐息。
腰が震え、強張る。
身体中の神経が椿と繋がる部分に集中し、気を抜くと正気を失いそうなほど気持ちいい。
「ひょ――さ……」
押し進めるほど、彼女の腰が上向く。
もっと奥へと誘われているよう。
温かいを通り越して、熱い。
ゆっくりじっくり腰を進め、最奥に辿り着く。
どちらからともなく、声になりそうでならない吐息を漏らし、しっかりと抱き合った。
「わかった……?」
椿の耳朶を食みながら、囁く。
「俺の本気」
グッと息を飲み、一気に腰を引いた。
クチュッと音を立て、俺の熱が彼女の膣内から抜け出る。
椿は、碧い瞳を潤ませ、輝かせ、小さく息を吐いた。
「彪さ――」
「――いつか、な?」
ベッドサイドの引き出しから、コンドームを取り出す。
初めて椿を抱いた後、新しいのを買っておいた。
その日のうちに使うことになるとは思わなかったが、それからひと月半眠っていた。
『あれこれ考えるより、デキ婚の方がいいのかもな』
溝口部長の上司らしからぬアドバイスを思い出し、ほんの一瞬だけ邪な考えがよぎった。
だが、俺を信頼していると、尊敬していると言ってくれる椿を失望させる真似はしたくない。できない。
椿の蜜に濡れる猛りに膜を被せ、彼女の腿裏に手を添えて持ち上げ、今度は一気に貫いた。
「ああっ……ん!」
顔の横でシーツを掴みながら、ギュッと目を瞑り、背をしならせる椿の胸が弾み、赤く熟れた尖端が突き出された。
彼女の腰を抱き、尖端を口に含む。
舌先で転がし、吸い付く。
「はっ――! あんっ!」
膣内が軽く収縮し、締め付けられる。
搾り取られそうだ。
「ごめん、椿」
俺は白い肌に痕を残しながら言った。
「明日は寝不足……だな」
まともな会話はそれが最後。
椿がなにか言おうと口を開いたが、全て意味のない嬌声へと変わった。
がむしゃらに腰を振り、俺の額から流れ落ちる汗が彼女の胸を濡らす。
愛しい女の身体全て、余すところなく口づけた。
溢れ続ける蜜を自身に絡め、何度も最奥を穿つ。
椿の嬌声が「もっと」と聞こえた。
違う。
「もっと」と言って欲しい。
俺がそう求めるように、彼女にも俺を求めて欲しい。
ここまで、誰かを、何かを強く求めたことはない。
だから、時々自分の気持ちが本物なのかと思う。
どうしてこんなに椿が欲しいのか。
彼女の魅力はたくさんあるけれど、それが彼女にこだわる理由とは違う気がする。
愛とはそんなものだ、と言われてしまえばそれまでだが……。
「彪……さ……」
椿の、椿らしくない縋るようなかすれ声にハッとした。
脱力した彼女はベッドに身体を沈ませ、たわわな胸を上下させている。
本気で抱き潰してしまった。
俺自身、意識が飛んでいる時があった。
「椿、ごめ――」
「――ずっと……そば……に……」
肩を上下させながら浅い呼吸を繰り返し、碧い瞳が閉じるのを見下ろしていた。
次第に呼吸がゆっくり、規則正しくなる。
眠る椿に布団を掛け、俺はそっとベッドを出た。
汗でベトベトだ。
椿の身体も拭いてやらなきゃ、風邪を引きそうだ。
俺はパンツとスウェットを穿き、洗面所でタオルを濡らす。熱い湯で。
それを持って寝室に戻り、眠る椿の身体を拭いた。
身体中に残る俺の痕。
『ずっと……そば……に……』
ああ、そうか。
俺が椿を求めてやまない理由がわかった。
椿なら、俺を捨てたりしない――――。
『ずっと好きです! ずっとそばにいます!! いさせてください!!』
椿の言葉。
『ずっと、俺のそばにいて欲しい』
俺の言葉。
あれが俺たちの願い。
「『家族』が欲しいのは、俺か……」
その『家族』は椿であって欲しい。
俺は椿の左手を持ち上げ、薬指にそっとキスを落とした。