テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
休日の午後、街はやわらかな日差しに包まれていた。遥は日下部の横に並びながら歩く。肩が触れ、手のひらがわずかに重なる。日下部がそっと手を差し出すと、迷いながらも遥はその手を握った。ぎこちなく震える手のひらに、過去の記憶と自己否定が混ざり合い、胸がひりつく。
「……あ、暑いな」
日下部がぽつりと言う。
「……そうだな」
遥は短く答えたが、顔は赤い。視線は下に落ち、言葉にならない感情が胸に渦巻く。
途中、古びた本屋の前で日下部が足を止める。
「ちょっと寄ろうか」
「……ああ」
小さく答え、店内に入る。棚の間を歩くと、遥の手の中の温度が心地よく伝わる。触れられることに慣れていない自分を意識しながらも、手を離さない日下部の気持ちが、じわじわと胸を満たした。
店を出て、歩きながら日下部が言う。
「そういえば、最近見た映画で、すごく面白いのがあったんだ」
「……映画?」
遥は顔を上げる。言葉少なだが、少し興味が向く。
「うん。笑えるシーンもあったけど、なんかちょっと泣けるところもあってさ。おまえと行ったら楽しそうだなって思った」
「……そ、そうか」
遥は言葉を返すのに戸惑い、少し間を置く。心の奥で、誰かとこうして時間を共有することに戸惑いながらも、微かに安心を感じる自分に気づく。
公園に着くと、日下部はベンチに腰を下ろす。
「座ろうか」
「……ああ」
遥も隣に座る。手はまだ握ったまま。視線は向けず、しかし身体は日下部の隣にあることを選んでいる。
「アイス食べる?」
日下部がさっき買った二つのカップを取り出す。
「……ありがとな」
遥は小さく答え、ゆっくりスプーンを口に運ぶ。冷たさが口の中に広がり、微かに肩の力が抜ける。
「なあ、昨日の話、変なこと考えてる?」
日下部が遠慮がちに尋ねる。
「……別に」
遥は答えたが、心の奥のざわつきが止まらない。過去に受けた痛みと日下部の優しさが交錯し、胸がひりつく。
「そうか。まあ、無理に話さなくていい。俺はただ、隣にいるだけでいいから」
その言葉に、遥の心が微かに揺れる。誰かに受け止められる感覚に戸惑いながらも、手を握る力を緩められない自分がいた。
夜になり、街灯の下で二人は歩く。手をつないだまま、互いに距離を測り合うように歩く。遥の胸は緊張と安心、恐怖と期待で揺れ動く。日下部の視線は常に遥に向けられ、声少なでも確かな存在感で心を支える。
「……ありがとう」
遥は小さくつぶやいた。言葉少なだが、今まで感じたことのない柔らかさに触れる自分を、まだ受け入れきれないまま、わずかに口にした。
「……何?」
日下部は微かに首をかしげ、笑うでもなく、ただ穏やかに答える。
「……こうして……そばにいてくれること」
日下部は笑わずにうなずく。手のひらを軽く握り返し、寄り添う。強制せず、無理に変えようとせず、ただ同じ歩幅で歩き続ける。
その夜、帰り道。二人の影は長く伸び、互いの息遣いが聞こえる距離。遥はまだ胸の奥に残る痛みを抱えながら、日下部の隣に立ち続ける。普通の時間に戸惑いながらも、ほんの少しずつ、誰かと共有する感覚を受け入れ始めている自分がいる。