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第68話、拝読しました。主人公が4人の相手に対する自分の気持ちを、一つひとつていねいに確かめていく過程がとても繊細で心に響きました。「安心できることと、惹かれることは別」という気づきの場面、特に深かったです。高槻さんとの自然な掛け合いや、三崎さんとの静かな対話も印象的。そして最後、真瀬さんの顔が浮かんで「予感」で終わる余韻が切なくて…次が気になります。素敵な回でした。
答えが近づいてくると、気持ちは楽になるものだと思っていた。
迷っている時間が長いほど、決まってしまえばすっきりする。
ずっと、そう思っていた。
でも、実際は違った。
自分の気持ちが少しずつ分かってくるほど、私は慎重になった。
簡単に名前をつけたくなかった。
それは、誰か一人を選ぶのが怖いからだけじゃない。
今まで感じてきたものを、自分で「違った」と片づけたくなかったからだ。
私は、四人のことを思い出していた。
直哉といるとき。
私は何も考えなくていい。
ちゃんとしなくてもいい。
笑わなきゃ、とも思わない。
嫌われないようにしなきゃ、とも思わない。
ただ一緒にいて、また会いたいと思う。
それは、とても大切なことだった。
高槻さんといるとき。
私はよく笑う。
くだらないことを言われても笑うし、少し真面目なことを言われても、気づけば楽しく話している。
一緒にいる時間そのものが軽やかだった。
三崎さんといるとき。
私は、自分の言葉を急いで探さなくていい。
話したいなら話す。
話したくなければ、話さない。
そのままで待ってもらえる。
そして、真瀬さん。
真瀬さんのことを考えると、どうしても少しだけ落ち着かなくなる。
会えると嬉しい。
何気ない一言が残る。
何を考えているのか気になる。
そして、もっと知りたいと思う。
私はそこで考えるのをやめた。
「……これって、何なんだろう」
一人で呟く。
答えは出なかった。
でも、以前とは違った。
前なら、分からないことが怖かった。
今は、分からないことよりも、分かったふりをするほうが嫌だった。
その日の店は、少しだけ忙しかった。
私は席を移動しながら、いつものように笑っていた。
でも、頭の中では別のことを考えていた。
誰かに会いたいと思う気持ちと。
誰かといると安心する気持ち。
誰かといると楽しい気持ち。
誰かに惹かれる気持ち。
全部、同じじゃない。
それなのに私は、ずっと一つの答えを探していた。
「ナナちゃん」
高槻さんの声で、我に返った。
「はい?」
「今、俺の話聞いてた?」
「……半分くらい」
「正直」
「すみません」
「いや、いいけど」
高槻さんは笑った。
「また考え事?」
「はい」
「最近ほんと多いね」
「自分でもそう思います」
高槻さんは少しだけ私を見て、それから何でもないように言った。
「答え出た?」
「まだです」
「そっか」
それだけだった。
昔の私なら、その反応に不安になったと思う。
期待されていないのか。
興味を持ってもらえなかったのか。
でも、今は違う。
高槻さんは、私の答えを急かしていない。
それが分かった。
「高槻さんって、何でそんなに急かさないんですか?」
「俺?」
「はい」
「だって、ナナちゃんが考えてることだから」
さらっと言われて、私は少し笑った。
「そういうところ、ずるいですよね」
「何が?」
「そうやって普通に言うところ」
「褒めてる?」
「分かりません」
「じゃあ、褒められたことにしとく」
私は笑った。
その笑い方も、自然だった。
高槻さんといるときの私は、やっぱり好きだった。
その気持ちも、嘘じゃない。
だからこそ、私は簡単に誰かを切り捨てたくなかった。
夜が深くなった頃、三崎さんと話す時間があった。
「少し疲れてます?」
「分かります?」
「今日は表情に出てます」
「そんなにですか」
「少しだけ」
私は椅子に座りながら、息を吐いた。
「ずっと考えてるんです」
「何を?」
少し迷ってから答える。
「自分が誰を好きなのか」
三崎さんは驚かなかった。
「そうですか」
「驚かないんですね」
「考えていたので」
「やっぱり」
私は苦笑した。
「でも、分からなくなってきました」
「それは、前より分からなくなったということですか?」
「……違うと思います」
私は少し考えた。
「前は、誰か一人を選べば、他の人への気持ちはなくなると思ってました」
三崎さんは黙って聞いている。
「でも、そんなことないんですよね」
「そうですね」
「安心する人と、会いたくなる人と、楽しい人と、気になる人がいて」
そこまで言って、私は言葉を止めた。
「全部違うから、比べられなくて」
三崎さんは少しだけ頷いた。
「それなら、比べなくていいんじゃないですか」
「……でも、最後は決めないといけないですよね」
「そうですね」
そこは否定しなかった。
私は少しだけ安心した。
何でも「決めなくていい」と言われるより、そのほうがよかった。
最後には、自分で決める。
そのことから逃げなくていい。
ただ、今すぐじゃなくてもいい。
「ありがとうございます」
「何がですか?」
「ちゃんと決めることから逃げなくていいって思えたので」
三崎さんは少し笑った。
「それならよかったです」
その夜。
帰り道でスマホが鳴った。
直哉からだった。
『今度、またどこか行く?』
私は足を止めた。
画面を見つめる。
胸の奥が、ふっと明るくなる。
『行きたい』
送ってから、私は少し笑った。
迷わなかった。
また会いたい。
それは本当だった。
それを否定する必要はない。
しばらくして返信が来た。
『じゃあ、また考えよう』
私はスマホをしまった。
歩き始める。
少しだけ気持ちが軽くなった。
でも。
駅に着いたところで、真瀬さんの顔が浮かんだ。
今日、店で話したこと。
最近楽しそうだと言われたこと。
「それなら、それでいいと思う」
あの言葉。
そして、私は気づいた。
私は、直哉とまた会いたい。
それと同時に。
真瀬さんにも会いたい。
その二つは、どちらかが嘘だから存在しているわけじゃない。
でも、同じ「会いたい」ではなかった。
直哉には、自然に会いたい。
真瀬さんには、会うと何かが変わりそうな気がして、会いたい。
その違いに気づいた瞬間。
胸の奥が少しだけ苦しくなった。
私は駅のホームで電車を待ちながら、自分の手を見た。
今まで私は、「安心できる人を好きになる」と思っていた。
一緒にいて楽な人。
自分をそのまま出せる人。
そういう人なら、きっと好きになれる。
でも、違った。
安心できることと、惹かれることは別だった。
楽しいことと、好きになることも別だった。
理解してもらえることと、会いたくて仕方なくなることも別だった。
全部、大切。
でも、同じじゃない。
電車が来る。
私は乗り込んだ。
窓に映った自分を見る。
少し疲れている。
でも、前より自分の顔が嫌いじゃなかった。
私は、自分の気持ちをちゃんと見ている。
誰かに選ばれるためじゃない。
誰かを傷つけないためだけでもない。
自分が、誰を好きなのか。
誰といたいのか。
誰に惹かれているのか。
その答えを、自分で決めるために。
電車が走り出す。
私は目を閉じた。
すると、一番最初に浮かんだ顔があった。
その人の名前を、私はまだ口には出さなかった。
でも。
もう、分かり始めていた。
怖いくらいに。
次に会ったら、今までとは同じようにいられないかもしれない。
そんな予感がした。
それでも私は、会いたいと思った。
その気持ちだけは、もう誤魔化せなかった。