テラーノベル
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「……そうか。俺も亜紀ちゃんといると、心が温かくなるよ」
今泉さんは目尻を下げて微笑むと、カップに残っていた珈琲を飲み干し、静かにテーブルへ置いた。
今泉さん……
彼の言葉に、胸がとくんと甘く脈打つ。
けれど、その温もりを追いかけるように、胸の奥から別の感情が込み上げてきた。
「……今日、麗香に言われた言葉があるんです……」
言いかけた瞬間、喉がきゅっと締めつけられる。
今泉さんは私を見つめたまま、そっと手を差し伸べるような口調で尋ねた。
「何て言われたの?」
穏やかな眼差しに包まれながら、私は小さく息を整え、ゆっくりと言葉を紡ぐ。
「『自分の気持ちに流されてもいいんじゃないか』って。
でも……流れた先に何があるのか、どうしたらいいのか分からないんです。
こんなことを今泉さん本人に話すのは間違ってるって、それだけは分かっているんですけど……」
目を伏せ、ぎゅっと唇を結ぶ。
「ううん。話してくれて構わないよ。
お友達がどんな意味でその言葉を使ったのかは、俺には分からない。
ただ――流されてしまうのと、自分で選んで流されるのとでは、意味がまったく違うよ」
今泉さんは、語り聞かせるようにゆっくりと言葉を返した。
自分で選んで流される……?
私は戸惑いを滲ませたまま、彼を見つめ返す。
「……そんな顔しないで。
ごめんね。俺は亜紀ちゃんを苦しめたいわけじゃないんだ」
……ここまで自分の気持ちをさらけ出しているくせに。
私は、なんて意気地なしなんだろう。
きっと今、泣き出しそうな顔で彼を見つめている。
私を苦しめたいわけじゃない……
それって……
私から引こうとしているってこと……?
『私を咲かせてください』
あんなことを自分から口にしたくせに、いつまでも煮え切らない私だから。
だから、呆れられてしまったのかな……。
彼がくれる優しい言葉も。
柔らかな微笑みも。
今は、私を静かに突き放しているように感じてしまう。
そんな人じゃないのに……
彼の優しさが偽りじゃないことくらい、ちゃんと分かっているのに……
どうして、こんなに不安になるんだろう。
私、本当はどうしたいの?
苦しい……
どうしたら、この胸の痛みは楽になるの……?
「……ごめんなさい」
震える唇から、小さな涙声がこぼれた。
「ごめんなさい? ……またそうやって一人で抱え込んで。
今、考えていたことを、ちゃんと言葉にしてごらん」
「……」
「……そうか。俺って、そんなに器の小さい男に見えるか。
へこんじゃうなぁ」
今泉さんは芝居がかった口調で言うと、大袈裟に肩を落としてみせた。
「ち、違います! 器が小さいなんて思ってません」
私は慌てて大きく首を横に振る。
「……本当?」
「はい。本当です。
今泉さんは、いつも私を……私の心を支えてくれる、とても大きな人ですっ」
「そうか。分かった。
それなら、夜のお散歩しよっか」
「……へ? ……散歩?」
目をぱちぱちと瞬かせ、拍子抜けした声が漏れる。
「そう。夜のお散歩。
今夜は雲がないから、きっと星が綺麗に見えるよ」
私の反応を楽しんでいたかのように、今泉さんは満面の笑みを浮かべた。
夜風に揺れる草木の香りが、鼻先を優しくくすぐる。
私は肩をすくめ、いつもより少し遠慮がちに今泉さんの隣を歩いていた。
どうしたらいいか分からないなんて……
どうして今泉さんに、あんなことを言ってしまったんだろう。
馬鹿だ、私……。
拭いきれない後悔が胸を締めつける。
私はそっと今泉さんの横顔を窺いながら、大きく息を吸い込み、気持ちを落ち着かせようとした。
柳さんのオフィスの灯りが庭まで届かなくなった頃、
「寒くない?」
今泉さんが微笑みながら声を掛けた。
「大丈夫です。夕方より、風が少し弱まりましたね」
彼の笑顔に応えようと、私は精一杯笑みを作る。
「……」
今泉さんは私をじっと見つめると、何も言わずにそっと手を取り、自分の方へ引き寄せた。
「冷え性の亜紀ちゃんの手は、ちゃんと握っててあげないとね。
こんなに冷たくなって……震えてる」
今泉さんはそう言って、絡めた指にそっと力を込めた。
今泉さん……
私は溢れる想いを言葉にすることができず、指先から伝わる彼の温もりに、静かに身を寄せた。
コメント
1件
うわあ……今泉さんの「自分で選んで流される」って言葉、すごく響きました。受け身じゃなくて自分の意志で選ぶって視点、亜紀さんの迷いを優しくほどいてくれるようで。夜の散歩で手を繋ぐシーン、震える指に力を込めるところが切なくて温かくて……この二人の距離感、本当に丁寧に描かれてますね。麗香さんの言葉もまだ気になるし、この先どうなるんだろう。
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