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同じ夜、橋の反対側から、その光景を見ていた者がもう一人いた。
ロヴィーサは取材帰りだった。肩から提げた鞄には、今日集めた商店街の記事メモと、使いかけの小さなカメラが入っている。
橋を渡りながら、彼女は立ち止まった。
街灯の下にいる二人の輪郭が、あまりに絵になりすぎていたからだ。
夜。川風。橋の真ん中。向き合う男女。
記者である前に、人はそういう場面へ反射的に目を向ける。
ロヴィーサはしばらく迷ってから、カメラを構えた。記録として残しておくべきだという癖もあったし、表情が見えれば記事の材料になるかもしれないとも思った。
シャッター音は、風に紛れて小さかった。
二人は気づかなかった。
だが、次の瞬間、橋のたもとから別の足音が上がってきた。ロヴィーサはそちらへ目をやる。
サベリオだった。
彼は少し離れた位置で立ち止まり、橋の中央を見ている。呼びかけるでもなく、進むでもなく、ただ見ているだけだ。
その立ち姿の方が、ロヴィーサには妙に引っかかった。
写真をしまい、彼女は橋を降りた。今この場で話しかけるべきではないと判断したからだ。
記者は、目の前の火種へすぐ風を送らない方がいい時もある。
翌朝、ロヴィーサは編集部の机で写真を見返した。
想像以上にきれいに撮れていた。橋の街灯が輪になって、二人の顔をやわらかく浮かべている。話の内容が何であれ、切り取ればいくらでも意味が変わる一枚だった。
「記事にするの?」
同僚が後ろから覗き込む。
ロヴィーサはすぐ画面を閉じた。
「しない」
「もったいな」
「もったいないから、しないの」
写真が強すぎる時は、言葉が負ける。
彼女はそう思っていた。
ところが昼過ぎ、町の掲示板の前に人だかりができたと連絡が入る。
行ってみると、問題の写真が貼られていた。
ただし、元のままではない。
アルヴェとデシアだけが目立つように切り取られ、見出しのように太い字でこう書かれている。
――本命組へ寝返りか。橋の下、密会。
ロヴィーサの背筋が冷えた。
彼女はすぐに写真の端を見た。自分が撮ったものだと分かる。だが掲載したのは自分ではない。データがどう流れたのか、一瞬で頭の中にいくつか可能性が浮かぶ。編集部の共有端末。昨夜見せた同僚。あるいは、もっと別のところから。
町の人々はもう好き勝手に話し始めていた。
「あの資料室の人、やっぱり向こうと繋がってたんだ」
「脚本だけ取られて終わりじゃないの」
「橋の下の連中、また振り回されるな」
ロヴィーサは掲示板から紙を剥がした。画鋲が固く、指先が痛んだ。
誰かが文句を言ったが、構わなかった。
切り取られた一枚は、真実より早く走る。
だから写真は怖い。
彼女は剥がした紙を折りたたみながら、静かに決めた。
これはそのままにしない。