テラーノベル
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第15話:誰にも見せたくない恋
昼休みの中庭。
スマホを手にした女子生徒たちが、並んで画面を覗き込んでいた。
アプリの恋レアボードに、新機能「感情ログ共有」が追加された。
これは、過去7日間のカード使用履歴や“気持ちの動き”を、AIが自動で可視化・言語化し、一定の条件でフォロワーに公開するというものだった。
条件とは──“使用者と一定の関係性がある相手”、または“相互フォロー中”であること。
この仕様によって、これまで個人の中に収まっていた“恋の温度”が、半ば強制的に共有されるようになった。
天野ミオは、図書室の一番奥の席にいた。
今日の彼女は、ベージュのカーディガンを羽織り、前髪をいつもより分けて左目が見えるようにしていた。
膝の上でスマホが震え、通知が表示された。
彼女が前に使用した《共感》《鼓動伝達》のログが、数名のクラスメイトに“共有対象”として通知されたことを知らせていた。
ログには、AIによる感情分析が添えられていた。
“あなたはその瞬間、誰かに「わかってほしい」と願っていました。”
“相手の気持ちを測る前に、自分の気持ちを投げかけたようです。”
それは、まるで心を診断されるような感覚だった。
数分後、ミオは机に伏せた。
肩が小刻みに揺れ、スマホの画面は伏せたまま。
その頃、教室ではミオの名前が小さな話題になっていた。
「これ、あの子じゃない?」「再定義の子……だよね?」
「このログ、なんか生々しいよね……」
興味本位のまなざしが、彼女の“気持ち”に触れていた。
教室の片隅では、制服のネクタイを緩めた大山トキヤが、それを遠巻きに見ていた。
黒髪は少し乱れ、スマホは持っていない。
その表情は怒りではなく、何かが剥がれ落ちるのを黙って見つめているようだった。
放課後、ミオは中庭の植え込みに座っていた。
少し土のついたスカートの裾を払うことも忘れて、膝を抱えてうずくまっていた。
そこへトキヤが現れた。
黒のカーディガンを羽織った彼は、ミオの隣に腰を下ろす。
声はかけない。ただ、その場にいるだけだった。
ミオはようやく顔を上げる。
「カードを使った“気持ち”まで、誰かに見られるなら……もう、本当の恋ってどこにあるんだろう」
トキヤは何も言わなかった。
けれど、その沈黙は、恋レアのカードには絶対に再現できない“本物の共感”だった。
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