駐車場へ行くとすぐに車に乗り込み二人はその場を出発した。
「どこに行くの?」
「さあ、どこかな?」
「秘密なの?」
「まあ行ったらわかるさ。少しドライブしよう」
理紗子はこれからドライブに行くのだと知りご機嫌になる。
しばらく走ると車は高速に入りレインボーブリッジを渡った。日はすっかり沈み辺りは真っ暗だ。
その時左手に羽田空港が見えてきた。ちょうど飛行機が飛び立った所だ。
樋口のマンションから二人た景色とよく似ている。暗闇に浮かび上がる飛行機はとても美しかった。
羽田を過ぎると今度は工場地帯が見えてきた。夜に見る工場はとても幻想的で不思議な魅力がある。
「綺麗…工場夜景にハマる人の気持ちがわかるわ」
理紗子がポツリと呟くと健吾が言った。
「工場夜景クルーズっていう遊覧船も出ているらしいよ。今度行ってみる?」
「うん、行きたい! なんか楽しそう」
理紗子は嬉しそうに微笑んだ。
平日の……それも月曜の夜にドライブなんて最高だ。
ただのドライブじゃない。横にはイケメンがいるのだ。それも普通のイケメンではなくスパダリ男だ。
そのスパダリ男は『超』がつくくらい理紗子に優しいのだ。
あまりにも幸せ過ぎて理紗子はなんだかソワソワして落ち着かない。
これはご褒美なの? 今まで頑張って来たから? それとも神様は先にご褒美を与えてこれから死ぬまで頑張れよと言っているの?
理紗子はなぜかそんな思いに囚われる。
もしかしたら理紗子は二年前に自分を捨てた弘人に再会して少しおかしくなっているのかもしれない。
それにしても自分をあっさりと捨てた男がしょぼくれているのを見るのはなんとも微妙な感じだ。
小説や漫画の中だったら『ざまあ』的な要素がたっぷりで大いに盛り上がる。
しかし理紗子は『ざまあ』というよりは『少し気の毒』という気持ちの方が強かった。
それは今の自分が幸せ過ぎるからなのかもしれない。
例え『偽装恋人』でも今理紗子は健吾にとても大事にされている。
理紗子が健吾に顔を向ければいつもハートマークの瞳で微笑み返してくれる。
理紗子が困っていればすぐに手を差し伸べてくれるし理紗子を喜ばせる為にあちこちへ連れ出してくれる。
理紗子は今とても幸せだった。
そんな満たされた気持ちでいると弘人の事なんてどうでもいいと思えるから不思議だ。
幸福感というものは憎しみさえもかき消してしまう力があるのだ。
理紗子はハンドルを握る健吾の横顔チラリと見て思った。
(この人は本当に凄いな)
改めて健吾に対する尊敬のような気持が芽生えてくる。
その時健吾がチラリと理紗子を見た。
理紗子はとても穏やかな笑みを浮かべ外の景色を楽しんでいた。その笑顔を見ているだけで健吾まで幸せな気持ちになる。
思わず嬉しくて健吾は理紗子の手を握った。
そして親指で理紗子の手をスリスリと撫でながら聞く。
「で、今日のセミナーはどうだった? 初参加の感想を聞かせてくれよ」
「うーん、そうねぇ、とにかくケンちゃん目当ての女性がいっぱいいて驚いたわ。ケンちゃんのファン多過ぎ!」
「そこかよっ! そうじゃなくてセミナーの内容は?」
「うん。なんかトレードの事とかはよくわからないけど為替が私達の日常生活に与える影響みたいなのはなんとなくわかった。例えば物価とかガソリン価格とか? なんかそういうのに円高とか円安とかの為替が絡んでいるんだなーって勉強になったよ」
理紗子の感想を聞いた健吾は微笑みながら理紗子の頭をヨシヨシと撫でた。
ただ理紗子に触りたいだけのようにも思えたが、理紗子がちゃんとセミナーでの話を聞いていたとわかり嬉しかったのだろう。
それに理紗子はちゃんとTPOに合わせてシンプルな服装で来た。そこも好感度が高い。
最前列にいたTPOをわきまえていない肌を露出した女達とは大違いだ。
(普通セミナーって言ったら理紗子みたいな服装だろう?)
健吾はそういう理紗子のきちんとした所を見て嬉しかった。そしてつい余計な事を考える。
(理紗子のオフィスカジュアルな服装も結構そそられるよなぁ)
よからぬことを妄想しそうになったので慌てて健吾はハンドルを握り直した。
やがて二人の乗った車は横浜ベイブリッジを渡ると本牧エリアへ入った。しかしこの辺りで高速を降りる気配はない。
理紗子がどこまで行くのだろうと思っていると車は更に進みその先のインターで高速を降りた。
一般道を走り始めると車はすぐに閑静な住宅街の坂道を上り始めた。しばらく進むとレストランが見えてきた。
イケメン投資家はこんな住宅街にあるレストランにも詳しいようだ。
車を降りた二人は早速レストランの中へ入って行った。
レストランは二階建てで二階席からは海沿いに並ぶ工場夜景が見えていた。
明るい昼間に来ればおそらく左手に房総半島、右手には三浦半島が見えるだろう。
健吾がフレンチのコース料理を頼んでくれたので二人は夜景を楽しみながら上品な料理に舌鼓を打つ。
健吾と知り合ってからの理紗子はいつも美味しい物を食べているような気がした。
「ケンちゃんが美味しいものばかり食べさせてくれるから太っちゃうよ」
「食べた分のカロリーはベッドの上で二人で消費だな」
健吾がニヤッと笑って言ったので理紗子が健吾の腕を思い切り叩く。
それから二人は互いの仕事についての話をする。
健吾はしばらく外での仕事はないので明日からはトレードに集中すると言った。
理紗子も本格的に新作に取り組むと言った。今の二人はやる気に満ちている。
そこで理紗子が健吾に確認した。
「石垣島での色々な体験を小説に書いてもいい?」
「もちろん。その為に行ったようなもんだからな」
「うん、ありがとう」
「初日のバーでの騒動も書くのか?」
「うん。多分書くと思う」
理紗子はケラケラと楽しそうに笑う。
その笑顔に健吾の胸がズキンと疼いた。
以前読んだ理紗子の小説にあった『真実の愛』がどういうものなのかはあの頃の健吾には全くわからなかった。
しかし今ならわかる気がする。
それは例えて言うならば、この楽しい時間がいつまでも続くようにと願うのが真実の愛であり目の前で微笑む人の為ならなんでも出来ると思うのも真実の愛だ。そして今すぐその人を抱き締めたいと思うのも真実の愛であるし、その愛おしい人と共に人生を歩んで行きたいと思うのも真実の愛だ。
きっともっともっと『真実の愛』はいっぱいある。数えきれないくらいの種類があるはずだ。
健吾は今『真実の愛』がどんなものなのかがわかったような気がした。
食後のデザートを食べながらお喋りをする理紗子を見つめながら健吾は満足気にコーヒーを一口飲んだ。
コメント
6件
二人で過ごした石垣島....🏝️🌊 素敵な体験、想い出が小説になっていくのですね~👩❤️👨💖 理紗子ちゃんがどんな小説を書きあげるのか、 すごく楽しみです🎶((o(^∇^)o))ワクワク
二年前に弘人から一方的に別れを告げられ、別れた二人。 今では人気作家となり、 健吾さんにも大切にされ 幸せそうな理紗子ちゃんと 、 トレードでは利益を出せず しょぼくれてしまった弘人.... 同じセミナーにおいて TPOをわきまえた服装で初心者ながらも真摯に説明を聞く理紗子ちゃんと、 努力もせずに 健吾さんの成功を妬み嫌がらせをする弘人の態度の違いを見れば明らか....😔 やはり人生の明暗を分けるのは、その人の気持ちや 心の持ちように依るところが大きいのだと しみじみ感じます🤔
道のりは違うけど、お互いがその真実の愛に向かっていて、それが同じ時というのが更に2人の愛を強く育てていってるのかなって思いました。 今の偽装なんて嘘みたいな穏やかで楽しい空間にいる2人はもう確信してるはず。 ほんとにいい雰囲気よね🫧🫧誰にも真似できないし誰も入り込めない⋆ ˚。⋆୨🤍୧⋆ ˚。⋆