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しばらく海を見つめたあと、今度は優人が尋ねた。
「さっきの子たちは?」
「うちの近くにある養護施設の子」
「養護施設?」
「うん。身寄りのない子供たちが生活してる施設」
「そう……なんだ……」
七星の口から意外な言葉が出てきたので、優人は少し驚いた。
七星は続ける。
「うちの亡くなったばあちゃんが、その施設によく行ってたんだ。畑の野菜を持っていったり、食事作りの準備を手伝ったり、イベントの手伝いとかもね。私もよくついて行ってたから、園の子たちとも仲良しなんだ」
「そうだったんだ」
「それにね、園長先生が“忙しくて美容院にも行けない”って嘆いてたから、ああやってたまに子守してあげてるの。今日も、道路の向かいの美容院に行ってたんだよ」
それはいわゆる“ボランティア”ではないのか、と優人は心の中で思う。
そして、亡き妻・美奈子がよく「私もボランティアみたいなこと始めようかな」と言っていたことを思い出した。
結局、美奈子は行動に移せないままだったが……。
当たり前のようにボランティアをしている七星を見て、優人は彼女の新しい一面を知った気がした。
本来なら親から見放された七星のほうが同情されてもいい立場なのに、縁もゆかりもない子供たちの世話をしている。
その姿勢に感銘を受けた優人は、思わず言った。
「偉いね……ボランティアなんて、そう簡単にできるものじゃないから」
七星は不思議そうに首をかしげる。
「そう? 特別難しいことでもなんでもないけどな……」
そう言って、ゆっくり高度を落とす太陽を見つめた。
「今日の夕日はオレンジ色だね」
微笑む七星の頬を海風がかすめ、長い髪がふわりと揺れた。
その横顔を見つめながら、優人はまた亡き妻を思い出す。
(本当に美奈子にそっくりだ……)
胸の奥が懐かしさでズキンと疼いた。
夕日が海へと沈むころ、ようやく二人は駐車場へ向かって歩き始めた。
「送ってこうか?」
「バイクで来てるから大丈夫」
「バイク、見えなかったな」
「バンの向こうに停めてたからかな?」
「そっか……」
歩きながら、優人は何か言わなければと思っていた。
そして、ずっと言いそびれていたことを思い出す。
「“つくしの卵とじ”のお礼をしたいんだけど」
思いがけない言葉に、七星はきょとんとした。
「いいよ、お礼なんて」
「そうはいかないよ。あの卵とじは、キミが土手で摘んで作ってくれたんだろう? 医局で聞いたけど、つくしって下処理が面倒らしいじゃないか。手間がかかってるんだから、キミはお礼を受け取る権利があるよ」
優人がもっともらしく言うと、七星は少しうんざりしたように言った。
「お礼って“物”でしょ? だったらいらない。キャバ嬢時代にプレゼントはたくさん貰ったけど、全部売っちゃったし。私、物欲ないの。だからマジでいらないから」
優人は驚いた。
プレゼントを欲しがらない女性がいるなんて、考えたこともなかった。
美奈子も、これまで付き合った女性たちも、誰ひとり「いらない」と言ったことはない。
むしろ欲しいものをリクエストしてくることさえあった。
「……本当にいらないの?」
「うん。そんなのにお金かけてたらもったいないよ。先生もちゃんと貯金したほうがいいよ」
さらに意外な言葉に、優人は思わず目を見開き、吹き出した。
「あはは……、そうだね。たしかに! 貯金は大事だな」
「そう。いつまで名医の座にいられるか分からないんだから、今のうちにせっせと貯金したほうがいいよ」
七星はにっこり笑うと、急に優人の背後へ視線を向け、そのまま歩き出した。
「どうしたの?」
優人もあとを追う。
七星は駐車場の端にある花壇の前にしゃがみ込み、うっとりと見つめていた。
優人が近づくと、色とりどりのチューリップがぎっしりと並んでいる。
「チューリップ、好きなの?」
「うん。花の中では一番好き。でも、一番好きなピンクのチューリップって、なかなかないよねー」
花壇には赤・白・黄のチューリップしかなく、七星は少し残念そうだ。
そのとき、優人が首をかしげながら言った。
「え? ピンクのチューリップって、あったっけ?」
七星は“信じられない”という顔で振り返った。
「先生、ピンク色のチューリップ、見たことないの?」
「ない……かも……」
「嘘! 信じられない!」
七星はまるで不審者を見るような目つきで眉をひそめた。
「だって、チューリップの歌にピンクなんて出てこないだろ? 咲いたー、咲いたー、チューリップの花がー、並んだー、並んだー、赤白黄色……ほら、ピンクなんかないよ」
大真面目な優人を見て、今度は七星がプッと吹き出した。
「ばっかじゃない。花屋さんに行ってごらんよ。今は紫とかオレンジだって普通にあるのに……ふふっ、おっかしいの!」
「ええっ! オレンジと紫もあるの?」
「あるよ。今度街に行ったら見てごらんよ」
「う……うん……」
美奈子に贈る花はいつも真っ赤なバラだった。
だから優人は、他の花にはほとんど興味がなかった。
七星に言われて、自分がいかに日常に無関心だったかを思い知らされる。
つくしのことも、ピンクのチューリップのことも。
歳の離れた七星に子供のように扱われている気がして、優人は思わず苦笑した。
そのとき、七星が立ち上がって言った。
「じゃあ、帰るね。先生、またね!」
「うん、気をつけて!」
七星はバイクへ駆け寄り、ヘルメットをかぶってエンジンをかける。
そしてもう一度優人を振り返り軽く手を上げると、轟音とともに走り去っていった。
その後ろ姿を見つめながら、優人は気づく。
さっきまで胸を締めつけていた苦しみが、いつの間にか消えていることに。
難しい手術を前に亡き妻を思い出し、動揺し、途中で投げ出した。
手の震えを抑えられず、野中の期待にも応えられなかった。
その事実に打ちのめされていたはずなのに――
七星と過ごすうちに、気づけば心が軽くなっていた。
あの日、病院前の浜辺で会ったときと同じだった。
あのときも七星は、噂に落ち込む優人を励ましてくれた。
「いつも彼女から元気をもらってるな……」
そう思うと同時に、このままではいけない、変わりたいという気持ちが強く湧き上がる。
「よし」
小さく呟いた優人は、もう一度海を眺めて深呼吸した。
「帰るか……」
爽やかな笑顔でそうつぶやくと、優人は車に乗り込み、軽やかな気持ちでマンションへ向かった。
#幼なじみ
コメント
23件
素直で優しい七星ちゃん❣️優人先生どんどん惹かれてますね 物欲のない七星ちゃんの好きなピンクのチューリップ🌷二人で一緒に育ててみたらどうかしら?
七星ちゃんの飾らない自然体な所に、どんどん惹かれていく優人先生 (*´˘`*)♡ お礼は要らないって言ったけど、 ピンクのチューリップをプレゼントして欲しいな💕花言葉思わず調べちゃいました😊😊
おばあちゃんから受け継いで 養護施設の子供達のお世話や食事作り を手伝っている…七星ちゃん ありのままの素直な気持ちで行動 してるから素敵ですよね。 つくしの佃煮のお礼もいらないなんて 七星ちゃんらしいでよね😊 ピンクのチューリップ🌷の花が 好きな七星ちゃんカワイイ(˶>⩊<˶) 優人先生…また1つ七星ちゃんのステキなとこ見つけましたね🥰 優人先生の恋の扉ももう少しで開きますね😉💞