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次の日から、優人はまるで別人のように生き生きと働き始めた。
これまではどちらかといえば受け身の姿勢が目立っていたのに、今は新人医師に戻ったかのような積極性を見せている。
誰の目にも、その変化は明らかだった。
もちろん院長の野中も驚いていた。
難しい手術を続けられず、自分に引き継いできた優人は落ち込んでいると思っていたのに、今朝はやけにやる気に満ちている。
いったい何があったのかと、不思議に思わずにはいられなかった。
そんな折、以前優人が手術を担当した患者が無事退院を迎えた。
その六十代の女性患者は、優人がこの病院に来て初めて執刀した患者と同じく、事情があって東京の病院へ転院できなかった。
優人が責任を持って手術を行い、こうして無事に退院の日を迎えられたのだ。
この日、たまたま手が空いていた優人は、病院の出口まで患者を見送った。
もちろん、その後ろには平子由希がついていた。
出口に着くと、由希が笑顔で患者に声をかける。
「吉田さん、退院しても、どうか無理なさらないでくださいね」
しかし、満面の笑みを向ける由希には目もくれず、女性は優人に向き直った。
「先生、本当にありがとうございました。先生のおかげで地元の病院で完治できました。感謝してもしきれません」
深々と頭を下げる女性の後ろで、由希はわずかにひきつった笑顔を浮かべている。
「いえ、吉田さんが頑張ったからこそですよ。娘さんやお孫さんのために努力されたから、こうして完治できたんです。良かったですね」
優人が穏やかに微笑むと、吉田は嬉しそうに頷いた。
そのとき、迎えの車から孫が降りてきて、祖母に花束を差し出した。
「おばあちゃん、これどうするのー?」
小さな体いっぱいに抱えた花束は、ピンクのチューリップがぎっしりと詰まった見事なものだった。
(ピンクのチューリップ……?)
「ああ、そうだね、せっかくだから、先生にプレゼントしようか?」
吉田は孫にそう告げると、優人に向き直りこう言った。
「今日退院するのを知らなかった知人から、朝、届いたんですよ。よろしければ、先生、もらってください」
その花束を見た優人の脳裏には、七星との海での会話がよみがえる。
だが、はっと我に返り、吉田に言った。
「こんなりっぱな花束、ご自宅に持って帰られたらいかがですか?」
すると吉田は、もうこりごりだと言わんばかりに困った顔をした。
「いいえ、勘弁してください。もうね、花を見るだけで入院生活を思い出しちゃうんですよ。だから、もう花はこりごりなんです」
そこへ、由希が口を挟む。
「先生、せっかくですから……」
患者の気持ちを汲んだのか、それとも優人が自分に花束をくれるかもしれないと思ったのか、由希にしては珍しく気の利いたことを言った。
優人も同じことを考えたのか、素直に受け取ることにした。
「ありがとうございます。では、せっかくなので」
「よかった。お見舞いの品で申し訳ないけど、しゃれた包みだから、先生の“いい人”にでもプレゼントしてあげてね」
吉田はにっこり微笑むと、もう一度深く頭を下げてから、娘と孫が待つ車へと乗り込んだ。
車が走り去るのを見届けた優人は、花束を抱えたまましばし物思いにふける。
そこへ、由希が遠慮がちに声をかけた。
「先生、そのお花……処分に困っているようでしたら、私が引き取りましょうか?」
“処分”という言葉に、優人はわずかな違和感を覚えながらも、穏やかに答えた。
「ありがとうございます。でも、この花を好きな人に心当たりがあるので、その人にプレゼントすることにします。では、僕は医局へ戻りますね」
優人は軽く会釈をすると、階段へ向かった。
その背中を見送りながら、由希は屈辱と羞恥心に胸を焼かれた。
(あの花を好きな人に心当たりがある……? それって女よね……いったい誰なの?)
強く歯を食いしばった由希の口から、きりきりと音が鳴る。
悔しさに耐えきれず、彼女はその場で両手をぎゅっと握りしめた。
医局へ大きな花束を抱えて戻った優人は、さっそく院長の野中にからかわれた。
「おいおい、どうした? そんな大きな花束抱えて。プロポーズでもするのか?」
その言葉に、最近ようやく肩の力が抜けてきた新人医師・斉藤も、すかさず乗ってくる。
「尾崎先生、もしや新しい恋人でもできたんですか?」
「そりゃ早いな。いよいよ再婚か?」
茶化す二人に、優人は少しむっとしながら答えた。
「吉田さんからいただいたんです」
「吉田さん? ああ、今日退院した」
「花を見ると入院生活を思い出すから、家に持って帰りたくないって言われて」
「ああ、そっか。リハビリ、大変だったもんなー」
「はい……」
「でも尾崎先輩。それならナースステーションに置いてくればよかったのに。医局には置く場所ないですよ」
斉藤のもっともな指摘に、野中も頷く。
だが優人は首を振った。
「いえ、いいんです。これは僕がもらいます」
その言葉に、二人は目を丸くした。
「おいおい、“華道家”にでも転身するつもりか?」
野中の冗談めかした言葉に、斉藤も続ける。
「それを言うなら“フラワーアレンジメント”じゃないですか? チューリップですから……」
「そっか! そっちの方が向いてるなあ」
どうでもいい話で盛り上がる二人に、優人はうんざりしたように言った。
「違いますよ。プレゼントするんです」
その一言に、二人は同時に目を見開いた。
「「プレゼント?」」
「はい。この花を好きな知人がいるので、その人にあげます。ちょうどお礼をしなくちゃと思ってたので、グッドタイミングですよ」
そう言って、優人は花束を日の当たらない日陰に置いた。
そして、どこか上機嫌な様子でコーヒーを淹れにいった。
普段あまり見ない優人の浮足立った様子に、野中と斉藤は顔を見合わせた。
そして、二人同時に首をかしげ、再び優人の背中へ視線を向けた。
その日、少し早めに仕事を終えた優人は、通用口を出て、七星のバイクがまだあることを確認すると、車に乗り込んだ。
だが、そのまま帰宅せず、この街に来て初めて立ち寄ったラーメン店の駐車場へ車を入れる。
ここなら、七星のバイクが来ればすぐに気づける。
そう思いながら、優人は道の先をじっと見つめた。
十分ほどすると、バイクの轟音が近づいてくる。
見ると、案の定、七星がスピードを上げてこちらへ向かっていた。
優人は慌てて車を降り、道の脇で大きく両手を振った。
七星はそれに気づき、ラーメン店の前でバイクを停めた。
「先生、こんなところで何してるの?」
「ラーメンでもどうかな……と思ってさ」
「それだけのためにここに?」
「いや、ほかにもあるけど……とりあえずラーメンでも一緒にどう?」
今日は忙しかったので、七星は正直、家に帰って夕食を作るのが面倒だと思っていた。
だが今月は飲み会やランチが続いたので、余計な出費は控えたいと思っていた。
その心の揺れを察したように、優人が言った。
「ごちそうするよ」
その瞬間、七星のお腹がきゅるると鳴った。
「ほら、腹減ってるんだろう?」
「でも……」
「ほら、行くよ」
優人が歩き出すと、七星は観念したように彼のあとを追った。
コメント
10件
吉田さんナイス👍 由希さぁ、処分とか引き取るって言い方ないわ。 欲しかったら、私がいただいても宜しいですか?って言えば良いのに。 でも断られるだろうけれど。
吉田さんからのチューリップ🌷 もちろん七星ちゃんにプレゼント🎁だよね💕迷わず七星ちゃん一択🤭 平子由希、自分が貰えると思ってのかな😂スルーされてお気の毒🤭笑ってしまいました😆誰に送ったかしつこく調べたりしそう…🙄 2人はラーメンデート❤️優人先生頑張って👍
素直な七星ちゃんのお腹が功を奏したね✌︎('ω')✌︎ 優人先生🤭 吉田さんは女豹由希の本性を知ってたのかもね😆 プライドズタズタざまー無いね😆 さりげなくチューリップ🌷の花束を見せびらかしてる優人先生が浮き足立っててかわいい🎶 ラーメン屋の前で待ち伏せて🍜の後の🌷でWサプライズ😳ですね✨🩷
#幼なじみ