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部屋に一人残った凪子は、フーッっと息を吐くと、目の前に散らばっていた資料を集める。
そして集めたものをノートパソコンの上に置いた。
凪子が椅子から立ち上がった時、ノックの音が響いた。
「どうぞ!」
凪子が声をかけると、部屋に塩崎絵里奈が入って来た。
絵里奈は商品企画部に派遣された社員で、一年前からこの会社で働いている。
絵里奈の歳は28歳。
スリムで背の高い凪子とは正反対の、小柄で可愛らしいタイプの女性だ。
いつも身体にフィットした女らしいファッションに身を包み、少し濃い目のきちんとメイクをしている。
絵里奈は入って来ると同時に凪子に言った。
「カップはもうおさげしてもよろしいでしょうか?」
「ああ、お願いします!」
凪子が答えると、絵里奈はテーブルの上のカップを片付け始めた。
それと入れ替わるように、凪子はノートパソコンと資料を手に持ち出口へ向かって歩き始める。
そして凪子が絵里奈の後ろを通った時、凪子はその香りに気づいた。
(アッ…!)
そう…その香りは、先日良輔のワイシャツについていた香りと同じものだった。
エキゾチックで主張するような香りが特徴的なので、凪子ははっきりと覚えている。
(間違いないわ)
その瞬間、凪子はうっかり声を漏らしそうになる。
しかし咄嗟にぐっとこらえた。
そして、さりげなく絵里奈の後ろ姿をチェックする。
ヒップを強調するような短めのスカートは、少し横皺が寄っている。
おそらくプチプラファッションの服だろう。
生地に織りムラがあり素材はB級品だ。色は薄ピンクでこれまた安っぽい。
もうちょっと品のある色合いなら、素材の悪さをごまかせたかもしれないと凪子は思った。
そして、絵里奈が履いているヒールもエナメル素材の安物の靴だ。
(いい物を買って長く使った方が、長い目で見れば安上がりなのに…)
凪子は胸の内でそう呟く。
とにかく、良輔が不倫している女は、この安っぽい女で確定だろう。
その時凪子は、良輔に対する怒りよりも、こんな女を選んだ良輔の趣味の悪さに呆れていた。
そしてそんな男に自分が選ばれたのかと思うと、限りなくゾッとする。
とにかく彼女は、良輔のワイシャツにわざと香水の匂いをつけ、
会社にも同じ香水を浴びるほどつけて来ている。
この行動が意味するものは、
二人の関係を凪子に気づかせる事が目的なのだろう。
凪子は売られた喧嘩は買うタイプだ。
そして、挑発されたら徹底的にやり返す。
そう…凪子はかなり気の強い女だった。
(ふふん、面白いじゃないの)
凪子はニヤリと笑う。
このような場合、相手が望む事の逆を行くのが正解だ。
そうすれば、相手がストレスを溜めさらに仕掛けてくる。
それを繰り返しているうちに、やがて相手が自滅する。
凪子は学生時代から現在まで、様々な浮気問題を耳にしてきた。
だから、浮気の大体のパターンは知り尽くしている。
今回のような場合は相手の挑発に乗ったらおしまいだ。
そこで凪子は徹底して気付かないふりをしようと心に決める。
凪子は何事もなかったかのように笑みを浮かべると、
背筋をピンと伸ばしてモデルのような優雅な歩みで、ミーティングルームを後にした。
後に残った絵里奈は、凪子がなんのリアクションも見せなかったのでかなり苛立っていた。
イライラしながらその愛らしい顔を醜く歪めると、しばらくの間出口の方をじっと睨み続けていた。
その日凪子は仕事を早めに切り上げ、行きつけのレディースクリニックへ寄った。
このクリニックには学生時代から通っている。
読者モデルをしていた頃は水着になる機会も多かったので、ピルを処方してもらい月経日を調整していた。
また、生理が重めの凪子は今でもピルを使う事がある。
しかし今日はいつもとは違う目的でこのクリニックに来た。
凪子は今日から徹底的に避妊する事を決意する。
もし良輔の浮気が確定だとしたら、凪子は良輔と別れるつもりでいた。
凪子は良輔と結婚する際、良輔に宣言していた。
もし良輔が浮気をしたら別れると。
それは、たった一度の浮気でもだ。
それに、凪子は浮気をする男の子供なんて産みたいとも思わない。
妻がいるのに他の女を抱くなんて、気持ちが悪い。
他の女を抱きたいのなら、最初から結婚などしなければよいのだ。
凪子は、人生設計に計画性がない男は嫌いだった。
もし浮気が発覚したら結婚生活がどうなるか?
その後の人生がどうなってしまうのか?
そんな想像力すら持たない男は、こっちから願い下げだ。
一度嘘をついたら、何度も嘘を重ねる。
一度浮気をしたら、何度でも浮気を繰り返す。
凪子はそう思っていた。
ただ今のところ、まだ良輔の浮気は確定してはいないので、
最終的な判断はまだ先になるだろう。
しかし、自分の身を守る為にピルは不可欠だ。
別れを決めた直後に妊娠が発覚するなんていう事になったら最悪だ。
凪子はピルを処方してもらうと、今度は駅へ向かった。
これからモデル時代の親友と会う約束をしていた。
親友の名は、音羽紀子。
紀子は凪子と同じ歳で、二人は高校時代から共にティーンズ誌の読者モデルとして活動していた。
高校卒業後は、大人向けの女性ファッション誌で一緒に女子大生モデルとして活躍していた。
凪子は大学を卒業した後、今の会社に就職したが、
紀子はその後もしばらくモデル業を続け、24歳の時に一回り年上の弁護士と結婚した。
紀子の夫・紘一は、凪子も顔見知りだった。
二人は紀子が大学時代に付き合い始めたので、付き合い始めてすぐ紀子に紹介された。
それ以降は三人で食事をする機会も多く、紘一は凪子にとって兄のような頼もしい存在だった。
凪子と良輔の結婚式には、もちろん紘一も参列してくれた。
その時、
「もし凪ちゃんの旦那さんが浮気でもしたら、僕に任せろよ!」
紘一は冗談でそんな事を言っていたが、まさかそれが現実になろうとしているとは。
人生なんて、いつどうなるかわからないものだ。
コメント
2件
凪子さんの考え方に同感👏👏👏👏👏 安っぽい女!なんて言われたくないなぁ~🤭 ダンナに対して怒り😡より呆れって終わってるよね〰️😒
凪子さんがダンナに求めるのは誠実さだったのに、2年でまさかの不倫🙈で相手は社内の派遣女子😨相手が求めることと反する事をして自滅させる‼️知識のレベルが桁違いに高い✨頑張って負かしてやってください👍