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来華
90
#mlmk
I am 壁 @自給自足
62,199
#だてなべ
ゆー
4
翌日。
一時間目は体育だった。
更衣室は朝から騒がしい。
ロッカーの扉が閉まる音。
誰かが笑う声。
制服を脱ぎながら、紬はできるだけ周りを見ないようにしていた。
昔から苦手だった。
更衣室。
理由は自分でも説明できない。
ただ、落ち着かない。
早く終わってほしい。
それだけだった。
「紬」
悠生が近づいてくる。
「先行ってる」
「……うん」
紬は頷く。
悠生はそれ以上何も言わず、更衣室を出ていった。
その気遣いがありがたかった。
紬は一人になってから制服を畳む。
袖を整え、机の上に置く。
その時だった。
「お前、几帳面だな」
後ろから声がする。
同じクラスの男子だった。
悪意はない。
ただの雑談。
「そうかな」
「俺なんかぐちゃぐちゃ」
笑いながらロッカーへ制服を押し込む。
紬も曖昧に笑った。
会話はそこで終わる。
それだけなのに。
胸が少し苦しくなった。
グラウンドへ出ると、蒼真はもうクラスメイトと話していた。
紬は少し離れた場所へ向かう。
自然とそうなってしまう。
近づけば、意識してしまうから。
準備運動が始まる。
整列。
先生が号令をかける。
紬は前を向いたまま腕を回す。
視界の端に蒼真が入る。
昔は。
こうして並ぶことが嬉しかった。
双子だから。
隣にいるのが当たり前だった。
いつからだろう。
こんなに離れてしまったのは。
体育が終わる。
教室へ戻る途中だった。
「蒼真」
女子生徒が呼び止める。
「このプリント、職員室お願いできる?」
「ああ、いいよ」
自然な返事。
女子は笑って礼を言う。
そのやり取りを、紬は少し離れたところから見ていた。
蒼真は誰にでも普通に接する。
笑う。
話す。
頼られる。
それなのに。
自分とだけは違う。
「見てるなあ」
隣で悠生が苦笑した。
紬は慌てて目を逸らす。
「見てない」
「その返し、もう何回目?」
少し笑われる。
紬は返せない。
悠生は蒼真の背中を見る。
小さく息をつく。
「……お前らさ」
「うん」
「似てるよ」
紬は首を傾げる。
「全然」
「いや、似てる」
悠生は少しだけ笑った。
「話さないところも。
我慢するところも。
言いたいこと飲み込むところも」
紬は黙る。
思い当たる節があった。
放課後。
悠生は昇降口で蒼真を見つけた。
「蒼真」
振り向く。
「何」
「少し話せる?」
蒼真は時計を見る。
「五分だけ」
校舎脇の自販機まで歩く。
人通りは少ない。
「紬のこと」
その一言で、蒼真の表情が少しだけ曇る。
「またか」
「まただよ」
悠生は苦笑した。
「お前、避けすぎ」
「避けてない」
「避けてる」
言い切る。
蒼真は黙った。
「紬、お前に嫌われてると思ってる」
「……そうだろうな」
返事はあっさりしていた。
「否定しないのか」
「今さらしても変わらない」
悠生は眉を寄せる。
「変わるかもしれないだろ」
蒼真は首を横に振った。
「変わらない」
短く言う。
「近づけば」
そこで言葉を切る。
「……いや、何でもない」
悠生はその続きを待った。
しかし蒼真は口を閉ざしたままだった。
結局、五分は何も進まなかった。
その頃。
紬は一人で帰り道を歩いていた。
制服のポケットに手を入れる。
空を見上げる。
昨日までの雨は嘘みたいに晴れていた。
ふと、小学生の頃のことを思い出す。
あの日。
「お兄ちゃんみたいになりたい」
そう言った自分。
そして。
蒼真が返した言葉。
『男なんだからちゃんとしろ』
あの日から。
俺たちは、前みたいには戻れなくなった。
ずっと、そう思っていた。
でも。
あの日に戻れなくなった理由を、俺はまだ何一つ知らなかった。
コメント
1件
うわ、この回はじわじわ来るなあ……。更衣室での何気ないやりとり、蒼真を視界の端で追ってしまう感じ、「見てない」って言い合うのも含めて、双子の距離感が痛いほど伝わってきた。悠生が「似てるよ」って言ったところ、あれお互いの立場わかってるからこそだよね。最後の回想「男なんだからちゃんとしろ」の記憶で一気に切なくなった。まだ答えは見えてないけど、この重さがすごくいい……。続きが気になる。