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さぶた@気分屋
101
翌日。
一時間目は体育だった。
更衣室は朝から騒がしい。
ロッカーの扉が閉まる音。
誰かが笑う声。
制服を脱ぎながら、紬はできるだけ周りを見ないようにしていた。
昔から苦手だった。
更衣室。
理由は自分でも説明できない。
ただ、落ち着かない。
早く終わってほしい。
それだけだった。
「紬」
悠生が近づいてくる。
「先行ってる」
「……うん」
紬は頷く。
悠生はそれ以上何も言わず、更衣室を出ていった。
その気遣いがありがたかった。
紬は一人になってから制服を畳む。
袖を整え、机の上に置く。
その時だった。
「お前、几帳面だな」
後ろから声がする。
同じクラスの男子だった。
悪意はない。
ただの雑談。
「そうかな」
「俺なんかぐちゃぐちゃ」
笑いながらロッカーへ制服を押し込む。
紬も曖昧に笑った。
会話はそこで終わる。
それだけなのに。
胸が少し苦しくなった。
グラウンドへ出ると、蒼真はもうクラスメイトと話していた。
紬は少し離れた場所へ向かう。
自然とそうなってしまう。
近づけば、意識してしまうから。
準備運動が始まる。
整列。
先生が号令をかける。
紬は前を向いたまま腕を回す。
視界の端に蒼真が入る。
昔は。
こうして並ぶことが嬉しかった。
双子だから。
隣にいるのが当たり前だった。
いつからだろう。
こんなに離れてしまったのは。
体育が終わる。
教室へ戻る途中だった。
「蒼真」
女子生徒が呼び止める。
「このプリント、職員室お願いできる?」
「ああ、いいよ」
自然な返事。
女子は笑って礼を言う。
そのやり取りを、紬は少し離れたところから見ていた。
蒼真は誰にでも普通に接する。
笑う。
話す。
頼られる。
それなのに。
自分とだけは違う。
「見てるなあ」
隣で悠生が苦笑した。
紬は慌てて目を逸らす。
「見てない」
「その返し、もう何回目?」
少し笑われる。
紬は返せない。
悠生は蒼真の背中を見る。
小さく息をつく。
「……お前らさ」
「うん」
「似てるよ」
紬は首を傾げる。
「全然」
「いや、似てる」
悠生は少しだけ笑った。
「話さないところも。
我慢するところも。
言いたいこと飲み込むところも」
紬は黙る。
思い当たる節があった。
放課後。
悠生は昇降口で蒼真を見つけた。
「蒼真」
振り向く。
「何」
「少し話せる?」
蒼真は時計を見る。
「五分だけ」
校舎脇の自販機まで歩く。
人通りは少ない。
「紬のこと」
その一言で、蒼真の表情が少しだけ曇る。
「またか」
「まただよ」
悠生は苦笑した。
「お前、避けすぎ」
「避けてない」
「避けてる」
言い切る。
蒼真は黙った。
「紬、お前に嫌われてると思ってる」
「……そうだろうな」
返事はあっさりしていた。
「否定しないのか」
「今さらしても変わらない」
悠生は眉を寄せる。
「変わるかもしれないだろ」
蒼真は首を横に振った。
「変わらない」
短く言う。
「近づけば」
そこで言葉を切る。
「……いや、何でもない」
悠生はその続きを待った。
しかし蒼真は口を閉ざしたままだった。
結局、五分は何も進まなかった。
その頃。
紬は一人で帰り道を歩いていた。
制服のポケットに手を入れる。
空を見上げる。
昨日までの雨は嘘みたいに晴れていた。
ふと、小学生の頃のことを思い出す。
あの日。
「お兄ちゃんみたいになりたい」
そう言った自分。
そして。
蒼真が返した言葉。
『男なんだからちゃんとしろ』
あの日から。
俺たちは、前みたいには戻れなくなった。
ずっと、そう思っていた。
でも。
あの日に戻れなくなった理由を、俺はまだ何一つ知らなかった。
コメント
1件
うわ、この回はじわじわ来るなあ……。更衣室での何気ないやりとり、蒼真を視界の端で追ってしまう感じ、「見てない」って言い合うのも含めて、双子の距離感が痛いほど伝わってきた。悠生が「似てるよ」って言ったところ、あれお互いの立場わかってるからこそだよね。最後の回想「男なんだからちゃんとしろ」の記憶で一気に切なくなった。まだ答えは見えてないけど、この重さがすごくいい……。続きが気になる。