コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
大量に入る教科書のせいで背中に背負っている鞄が重く、思い通りに走れない。そんな状態のまま、どこまで行けばいいかなんて考えずにひたすら廊下を駆けて行く。人が少ない方を選びながら進んで行くと家庭科室や技術室が並ぶ実習棟の建物へ辿り着いた。ウチの学校は文系の部活動は種類は少ない為、この辺は放課後になると殆ど人の気配が無い。名を貸しているだけな部活顧問達もあまり来ないので、こっそり隠れて人の物を食べてしまうには丁度いい場所だ。
階段を上がり、二階の奥まで突き進む。誰も居ない廊下に鞄を置き、その場に腰を下ろすと、俺は奪ったビニール袋の中からメロンパンを一つ取り出した。 しょっぱいちくわパンを食べたのでお次は甘い物が食べたい。パニーニとかの調理パンはできれば温めて食べたいから、これを食べたら家に帰ろう。人の物を奪って食す罪悪感は多少あるが、今まで散々琉成に食われてきた俺のパンの量を考えると、そんな事は瑣末事に思えてきた。
「いただきます」
パンの入る透明な薄手の袋を開けて、中に入るメロンパンにかじりつく。走った後だった所為もあってか、パンの甘さがより美味しく感じた。
「外はサクサクで中はふわっふわとか、最高だな」
今度はちゃんと俺もパン屋で買おう。コンビニや購買部で買う安いパンよりも断然美味しくって、さっきまでの苛立ちが少し緩和出来た。
もぐもぐと咀嚼し、俺が戦利品のメロンパンを味わっていると、琉成がのっそり歩いて近づいて来るのが見えた。慌てて追いかけてきた感は無く、『やっぱり此処に居たか』って雰囲気のせいで、またちょっとムカついた。
当然の様に隣に座り、琉成が俺の方へ紙パックに入った牛乳を差し出してくる。メロンパンの入る袋を膝に置き牛乳を受け取ると、まだ冷たくって、今さっき買って来た物だとすぐにわかった。
「サンキュ」
「一口飲んだらソレもくれ」
「…… お前さ、今日は特に酷いな」
紙パックにストローを刺しながら、呆れた声が出てしまう。いつもいつも琉成は俺の食いかけだとかを欲しがるが、流石にココまでじゃ無いのに。
「そりゃあ、欲求不満だからねー」
膝に置いてあったメロンパンを俺から取り返し、琉成が嬉しそうにかじりつく。まだ半分くらいはあったはずのパンは、たったの二口で消えて無くなった。
せめて味わえよ、とツッコミたい気持ちを『欲求不満』の単語が邪魔をする。
聞き流すべきなのか?いや、コイツのことだから性的な意味で言った訳では無いかもしれない。そもそも意味を知っているのかすら怪しい。わかっていない事すらわからない、典型的タイプなのだから。
「他のも食わせて。ソレも早く飲みたいから、先に一口飲んで」
「いや、もうお前が飲めよ」
ストローに口をつける事無く牛乳パックを琉成の前に差し出すが、受け取ってくれない。「飲むから、先に早く飲んで」と言われるばかりでサッパリだ。
(毒味か?俺に毒味でもさせたいのか。誰に狙われてるってんだ、お前は)
顔立ちは清一並みに整ってはいるが、中流家庭のお前は毒殺される程の存在じゃないだろ。犬みたいな人柄のおかげで誰かから嫌われているような気配も皆無だっていうのに、コイツの意図が全くわからない。
でもまぁ、喉は乾いているので奴の真意は不明なままストローに口をつけて、ずずっと牛乳を飲み込んでいく。『一口』と言われてはいたが、ムカつく気持ちで飲んだせいか、半分以上が一気に無くなった。
そんな俺の様子を琉成が満足気に見つめている。口元が少し綻び、いつも以上に笑っているようにも見えた。
「ん」
「やったー!」
少ないと文句を言うことなく、今度は俺の差し出した牛乳パックを素直に琉成が受け取って中身を飲み込んでいく。
「毒なんか入って無かったぞ?」
「当然じゃん、未開封なんだし」
「…… いや、まぁ、そうなんだけど」
意図が全然伝わらない。言葉足らず過ぎたな、失敗した。一から十まで説明が必要な奴だった事を失念していたなと思いながらため息をついていると、琉成が俺の脚へのしかかってきた。
「重い」
「いや、だってこうしないとパン取れないし」
琉成からは離れた位置に置いてあったパンの入る袋を回収し、俺の脚から体を起こす。太腿に触れていた手が離れる瞬間、指先でスッと内腿側を撫でられた気がしたが、気のせいだったのかもしれない。
袋の中から丸くて砂糖だらけの揚げドーナツが入る袋を取り出し、琉成が俺の口元へ差し出してきた。
「はい、あーん」
「自分で食えるわ」
「ダメ。俺から食べないんだったらあげない」
真剣な顔で言われて、咄嗟に言葉が出なかった。普段はふにゃっとした駄犬みたいな奴なのに、真顔になると端正な顔がカッコよく見えてしまい腹が立つ。
「…… んあ」
口を大きく開けると、中に揚げドーナツが入ってきた。大きくって全部は入らず、一旦かじりついて一口分だけ食べる。
「餡子のドーナツか、美味いな」
「だろ?絶対に好きだと思ったんだ。はい、もう一口」
口元に差し出され、それを受け取ろうとした手はハエでも扱うみたいに叩き落とされた。
「…… あ」
口を開けて琉成の顔を見上げると、さっきは気が付かなかったが随分と奴の呼吸が乱れている。頰がやけに赤くって、俺の口内を見る溶けた眼差しを認識した瞬間、全身の肌が粟立った。
ドーナツを口に押し込まれ、それを噛んで離れようとしたが、琉成の方が動きが早かった。俺の後頭部を琉成が手で押さえられて後ろには逃げられない。かといって前からは俺の咥えるドーナツを食べようとする琉成の顔があり、前後不覚の状態に。そして、残っていたドーナツが全部琉成の口の中に消えていく。
(美味しかったのに!全部食べたかったのに、また琉成の取り分の方が多かった!)
そう思った瞬間、ペロッと生温かいものが砂糖の残る唇の上を掠めていった。
「甘いな!思った通りめっちゃ美味いわ、これ」
ハイテンションで喜ばれ、文句を言う隙を失った。今のは唇に残る砂糖を舐めたかっただけ、なのか?
「次は何食べる?甘いのが続いたから、しょっぱいものとかもいいな」
ゴソゴソと袋の中を漁っているのを見ながら、自分の唇をそっと触る。
(…… 初めてされた行為だったんだが、ノーカンでいいよな?舌先だけだったし)
返事をする事無く固まっていると、琉成が袋から顔を上げてこちらを見てきた。目が合った途端、琉成の顔がパッと明るくなり、「もっと美味しそうなものみっけた!」と大きな声で言った。
こっちには何も無いぞ?何の話だ。
——そう言いたくって口を開けたのに、言葉が出る前に柔らかな舌がにゅるりと口内に侵入してくる。両耳を両手でガッチリ抑え込まれ、顔を逸らして逃げる事も出来ない。
「んんんんんっー⁈」
悲鳴に近い音を発し、バシバシと琉成の体を叩く。だが行為を止めるには至らず、口の中を蹂躙され続けた。餡のせいで甘みの強い舌が絡まり、逃げようしても追いかけてくる。
舌先をチョロチョロッと舐められ、腰がビクッと跳ねた。雑だけど、好き勝手に歯茎やら上顎やらを舐められて体から否応無しに力が抜けていく。針で穴を開けられた風船みたいに、ふにゃっとなった体が寄り掛かかる壁伝いにずるずると倒れそうになった。