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リコにマイクを奪われたあの日から、ハルの日常は「静寂」という言葉を失った。
「はい、ハル! 今日はこれ着て!」 放課後の音楽室。リコがカバンから取り出したのは、安っぽいビニール製の騎士の甲冑だった。 「……なんで。なんで俺がこれを」 「今日は『不退転の決意で激辛カレーを食う騎士の曲』を作るからだよ! ほら、早く!」
ハルは溜息をつきながら、ギチギチと音の鳴るプラスチックの鎧を身に纏う。隣では、リコがきらびやかなお姫様のドレス(ただし、裾には昨日のピザのシミがついている)を強引に着込んでいた。
二人の向かった先は、商店街の端にある激辛で有名なカレー屋だった。 「いい、ハル。このカレーの『辛さ』を音にするの。ただの辛さじゃないよ、舌が痺れて、脳が爆発しそうな、あの衝撃!」
運ばれてきた真っ赤なカレーを前に、リコは「いざ、尋常に!」と叫んでスプーンを突き立てた。 ――パクッ。 一瞬の沈黙。その後、リコの顔がみるみるうちに赤く染まる。
「……っ!! きたきたきた!! 録って、ハル!」 リコは涙目で、それでも幸せそうに笑いながら、ハルの差し出したレコーダーに向かって、ハフハフと熱い息を吹き込み、最後には「カッ!」と喉を鳴らして水を飲み干した。
「今の音、聴いた? 氷がグラスに当たる音、最高にクリティカルだったでしょ!」
ハルは無言で、でも指先は休ませずにレコーダーを操作する。 リコのハチャメチャな行動に振り回されるのは相変わらずだ。けれど、録音された音をヘッドホンで聴くたびに、ハルの心はざわついた。
リコが食べる音。 リコが笑う音。 プラスチックの鎧が擦れる、間抜けな音。
それらすべてを繋ぎ合わせると、ハルの頭の中には、今まで一度も鳴ったことのないような、力強くて不器用なメロディが溢れ出してきた。
「リコ、お前……本当にめちゃくちゃだな」 「でしょ? でも、普通の曲なんて、あんたじゃなくても作れるじゃん」
リコはカレーのルーを口元につけたまま、悪戯っぽく笑った。 その笑顔があまりにも眩しくて、ハルは慌てて視線をスコアブックに落とした。
二人の絆は、胃袋と音を通じて、少しずつ、けれど確実に深まっていた。 それが「恋」だなんて名前をつけるには、まだカレーのスパイスが効きすぎていたけれど。
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