テラーノベル
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放課後の喧騒が遠のいた音楽室。そこは、ハチャメチャな「変身美食部」の活動を終えた二人が、唯一「素」に戻れる場所だった。
窓から差し込む夕日は、床に転がった騎士の剣(プラスチック製)と魔法使いの杖を、オレンジ色の影で長く引き延ばしている。
「ねえ、ハル。今日録った『たこ焼きの湯気の音』、聴かせてよ」
リコは床に寝そべり、ハルのデスクを覗き込んだ。彼女の喉は、連日の「絶唱」と激辛料理のせいで、少しだけ掠れている。
ハルは無言でヘッドホンを彼女の耳にかけた。再生されるのは、商店街の喧騒と、ソースが焼ける音、そして「あつっ!」と笑うリコの声。
「……ハル。あんたが作る私の音、私より私のこと分かってるみたいで、ちょっと怖いな」
リコがポツリと零した。 ハルは鍵盤から手を離し、隣に座る彼女を直視した。 「……リコ。お前さ、なんでそこまでして、毎日違う自分になろうとするんだ?」
リコの視線が、ふと泳いだ。彼女は窓の外、暮れていく街並みを見つめたまま、掠れた声で話し始めた。 「私ね、たぶん、今のままでいられる時間が短いんだと思う。……いつか、大人の事情ってやつで、この歌も、この自由も、全部脱がなきゃいけない日が来る」
「リコ……」 「だからさ、今のうちに全部残しときたいの。めちゃくちゃで、バカで、でも最高に生きてた私の音を。ハル、あんたにだけは、それを全部拾ってほしい」
ハルの心臓が、どのドラムセットよりも重く、速く跳ねた。 彼女が抱えている予感。それがどんなに切ないものだとしても、今、目の前で揺れている彼女の「音」は本物だ。
「……拾うよ。全部だ」 ハルはリコの瞳をまっすぐに見つめ、誓うように言った。 「お前がどんな格好をしても、声が出なくなっても。僕がその『証』を、世界で一番かっこいい曲にして残す」
リコは一瞬、驚いたように目を見開いた。そして、今まで見たどんなコスプレの時よりも、柔らかくて、泣き出しそうな笑顔を見せた。
「……約束だよ。ハル」
二人の間に流れる静寂。それは、次の章で訪れる「嵐の文化祭」の前の、嵐の前の静けさのような、痛いほど純粋な時間だった。