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昼休み――机と机の間に、異様な空白が広がっていた。遥と日下部の席だけが、まるで誰かが明確に“区切った”ように、空気の層を変えている。近くの席の生徒たちは、わざとらしい咳払いと視線で包囲しながら、誰もがそこに近づかない。
「なんかさ、ああいうのがいると空気悪くなるよね」
「わかる。てか、あの2人って――ヤバくない?」
教室の隅、わざと聞こえるように囁く女子たちの声。
プリントを配りに来た男子が、日下部の机の上にそれを“落とす”。遥には渡さない。
「……忘れました」
担任はそれを見ていたが、何も言わなかった。
放課後。
靴箱の前で、日下部のローファーが切り裂かれているのを見て、遥は言葉なく立ち止まった。日下部が隣で呟く。
「……俺の、だな。お前のは昨日だったか」
「うん。次はどうされるかな」
ふたりのやり取りは静かで、乾いていた。驚きも怒りも、とうに失っている。
だが――その場面を、スマホで撮っている生徒がいた。
「やっぱ共犯なんじゃん?」
「盗撮されてんの、気づいてないのかな」
「なんか、お似合い」
小声と笑いが混ざる。
数日後、クラスの掲示板に匿名の手紙が貼られる。
〈○組の遥くんと日下部くん、こういうことしてました〉
そこに貼られたのは、悪意の切り取り方で構成された数枚の写真。
あえて密着しているように見せ、視線を交わしているように見せる編集。
内容は、
「2人は性的関係にある」
「後輩をトイレに呼び出して脅している」
「被害者がいる」
といった、完全な作り話だった。
だが、それを否定する声はなかった。
教師も曖昧にしか扱わず、沈黙と視線だけが2人を切り裂いていく。
昼の時間、遥が席に戻ると、弁当が……開けられていた。中身は空だった。
代わりに――
一枚のメモ用紙が残されていた。
《お前の味方って、ほんとに一人もいないんだな》
それを読んで、遥は少しだけ笑った。
日下部が、無言でおにぎりをひとつ、差し出す。
「それ、おまえの……」
「いいから。いらないなら、捨てる」
遥は受け取り、ひとくち齧った。
味はしなかった。
蓮司は、教室の後方からそれらのすべてを見ていた。
直接手を下すことはない。ただ、火が広がる先に、少しずつ油を落とすだけ。
遥の顔から「無関心」が薄れていく様が、
日下部の目から「迷い」が消えていく様が、
ひどく愉快だった。
「そろそろ、壊れるかな――」
小さく呟いて、蓮司は目を細めた。