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楓子の右手が透けていることに気づいた夜、私は眠る楓子を事務所のソファーに残し、楓子のコレクションルームにある『開かずの間』に忍び込んだ。
「ご主人様の手…….黒魔術の副作用か何かか?治す手段はないのか?」
部屋は暗く、やけに埃っぽい。本棚に黒魔術に関する書物が並んでいる。
魔術でぼんやりとした青い光の玉を出し明かり代わりにする。
本棚に私のメイド服姿の写真が飾られている。
……..すぐにでもその写真を燃やしてやりたかったが今はそれどころではない。
必死になって黒魔術の書を漁る。
そこでドッペルゲンガー召喚の儀式のページが
目に止まった。
「何だよ……これ……..」
思わず本を持つ手が震えた。
私はそこで、ドッペルゲンガー召喚の儀式が黒魔術師に代々伝わる自殺手段であることを知った。
儀式は歴史とともに洗練され、自身が消える日数や死んだ後ドッペルゲンガーをこの世に残すかどうかまで自在にコントロールできると記されていた。
「ふざけるな……..それじゃあ私は楓子が死ぬためだけにこの世に生み出されたのか?」
ぐらぐらと自分の存在が根底から揺らぐ音がする。
「助ける方法はないのか?…….この儀式を途中で止める方法は…….」
私は魔術書を読むのに夢中で、背後に忍び寄る巨大蜘蛛に気がつかなかった。
カサッ…….という僅かな音に振り向いた時にはもう手遅れで、私は蜘蛛の糸によって拘束されてしまった。
「くっ…….ここの番人か……?」
蜘蛛は答えず、這うように8本の足で私に近づいてくる。
背筋に悪寒が走り思わず目を瞑る。
バシュッ
青白い光が巨大蜘蛛を貫き、蜘蛛が消え去る。
「大丈夫かい、ドッペルゲンガー」
颯爽と、まるでヒーローのように、楓子が私の元に駆けつける。
「ご主人様……….」
「君には話さないといけないことがある。一度事務所に戻ろう」
「…….かしこまりました」
こうして私達は事務所に戻った。
私は事務所のソファーに楓子を押し倒し床ドンした。
自分でも怒りが押さえきれなかった。
「開かずの間でドッペルゲンガーの儀式について知りました。…….何故あなたは私を召喚したんですか?私は、あなたの首を吊るロープの代わりか何かなんですか?…….ふざけないでください…….!!」
視界が水中に潜った時のように滲む。
楓子の頬にぽたっ、ぽたっと雫が落ちる。
楓子は私の頬に手を添え、私の瞳をじっと見ながら言った。
「レナ•ニリワカ•タシワ。これはドッペルゲンガーを召喚する時の呪文であり、私の願いだ」
「命令だ。私の代わりに私の人生を生きてくれ」
「……どうして」
「私は、私に愛想が尽きてしまった。私の占いはね、未来を見る力じゃなくて未来を確定させる力なんだ。例えば占った少女が数週間後に死ぬとして、私にはその子を救うことができない。もしその場で助けたとしても最終的に女の子は死んでしまうんだ」
「色んな不幸を見てきた。その度に助けようとして、結局助けることが出来なかった。漫画のヒーローのようにはいかないものだね」
「そして、色んな不幸を見る度に、世界の不条理と醜さを知る度に、こんな世界を滅ぼしてしまいたくなる。自分の中の負の感情に呑み込まれてしまいそうになる。私はね、まだ自分の理性がはっきりしている内に消えてしまいたいんだ。それでも、私は色んな人を助けてきた責任がある。私の黒魔術を必要としている人もいる。無責任に死ぬわけにはいかない」
「だからドッペルゲンガー、私の代わりに生きてほしい。これは、私の写し身である君にしか頼めないことだ」
「……どうしても、ご主人様が消えなければならないのですか?」
「……すまない」
楓子はそう言って目を伏せた。
私は、楓子を引き止める方法も、楓子を引き止める言葉も、思い付かなかった。
そうして、時間が過ぎていった。
私が楓子を殺したのは、だんだんと消えていく楓子を見るのが耐えられなかったからだ。
楓子が世界から完全に消えてなくなってしまう。
そのことに耐えられなかったからだ。
事務所の中で、私は楓子の心臓を右手で貫いた。
楓子は抵抗せずそれを受け入れ、私を抱きしめた。
「すまない、君にこんな辛い役目を背負わせてしまって………ドッペルゲンガー」
「名前……付けてあげればよかったなぁ…..」
楓子の身体から力が抜けていく。
私は震える右手を、ゆっくりと彼女の胸から引き抜いた。
抱きしめてくれていた腕は、もう二度と私を抱き返さなかった。
私は楓子の亡骸を残さず食らい、黒瀬楓子に成り代わった。
コメント
1件
いや……重すぎるわ……。楓子が未来を確定させる能力っていうのがもう呪いそのものやん。しかも「代わりに生きて」って依頼が優しさでもあり残酷でもある……。最後に名前を付けられなかったって後悔が刺さる。ドッペルゲンガー視点でここまで心情描かれると、単なるコピーじゃない存在としての苦しみがガチで伝わってきた。続きが気になりすぎる🔥