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#王子
すっこ
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#主人公最強
杯雪乃
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「私が、千佳さんの人生を最初に壊したんです」
柿崎修一は、
病室の入口に立ったまま言った。
「二十九年前のことですか」
私が訊く。
柿崎は頷いた。
「あなたが生まれた夜」
五月十七日。
岸本総合病院。
停電。
三人の妊婦。
複数の赤ん坊。
入れ替わった名札。
そして、
午後十一時四十分。
「先生は当時、研修医だった」
「はい」
「何をしたんですか」
柿崎は病室へ戻り、
ベッドへ腰を下ろした。
「記録を書き換えました」
真壁刑事の表情が変わる。
「具体的に」
「新生児室の台帳です」
やっぱり。
「誰に頼まれて?」
柿崎は答えない。
「母?」
「違います」
「奈緒さん?」
「違う」
「篠宮恵美さん?」
首を振る。
「じゃあ誰なんです」
柿崎の声が小さくなる。
「当時の上司です」
「名前は?」
「もう亡くなっています」
「だから言えない?」
「名前の問題ではありません」
柿崎は私を見る。
「私自身が従ったことが問題なんです」
二十九年前。
停電が終わったあと。
新生児室には、
誰の子か分からなくなった赤ん坊がいた。
「上司に言われました」
柿崎は続ける。
「記録上、一人にしろと」
「何を?」
「その夜、確認された女児です」
「どうして一人にする必要があるんですか」
「警察沙汰にしないため」
「赤ちゃんが一人消えてるのに?」
「だからです」
柿崎の顔が歪んだ。
「三人の女性が、自分の子だと主張していた」
母。
奈緒。
恵美。
「三人とも?」
「はい」
「同じ赤ちゃんを?」
「そうです」
私は息を止めた。
父が以前言った。
千佳と奈緒は、
一人の子どもをそれぞれ自分の娘として届け出ようとしていた。
そこへ、
恵美までいた。
「誰が本当の母親だったんです」
「分かりませんでした」
「検査は?」
「当時でも血液型などは確認できた。でも」
柿崎は目を伏せる。
「検体が入れ替わっていました」
「誰かが?」
「はい」
「先生?」
「違います」
「じゃあ誰」
「分からない」
私が苛立つ前に、
柿崎が言った。
「だから私は、一番やってはいけないことをした」
「記録を一人にした?」
「はい」
「誰の子として?」
柿崎が私を見る。
「水城千佳さんです」
胸が冷える。
「つまり」
私はゆっくり言った。
「先生が私を母の娘にした?」
「戸籍上の手続きそのものをしたわけではありません」
「でも病院記録を作った」
「はい」
「それを使って、母は出生届を出した」
「結果的には」
私は笑えなかった。
「だったら、本当に先生が最初じゃないですか」
母の人生だけではない。
私の人生も。
「なぜ従ったんです」
「怖かった」
「研修医だったから?」
「それもあります」
「他には?」
柿崎の唇が震えた。
「赤ん坊が死ぬと言われた」
私は止まった。
「誰に?」
「上司です」
「どういう意味」
「このまま騒げば、残っている子どもまで危険になると」
「危険って」
「誘拐した人間が病院内にいる可能性がある、と」
つまり、
犯人を刺激しないため。
そう説明された。
「信じたんですか」
「信じたかったんでしょうね」
柿崎は苦く笑う。
「命令に従った自分を正当化するために」
その結果、
記録は壊れた。
母は、
誰かの赤ん坊を自分の娘として育てた。
奈緒は、
別の娘を育てた。
恵美は、
自分の子を奪われたと訴え続けた。
「母はいつ知ったんです」
「十五年前です」
「先生が告白した?」
「はい」
十四歳の私。
母が岸本総合病院へ入院していた頃。
「千佳さんは」
柿崎が続ける。
「私のところへ来て、二十九年前のカルテを見せろと言いました」
「なぜ突然」
「ひかりさんの存在を知ったから」
母は、
自分以外にも、
同じ日に生まれた娘がいると知った。
「それで先生は全部話した?」
「最初は隠しました」
「だから母は先生を許さなかった?」
柿崎が頷く。
「千佳さんは言いました」
――あなたが嘘を書いたから、二人の子どもの人生が壊れた。
「二人?」
私は訊いた。
「三人じゃなくて?」
柿崎が黙った。
「先生」
「当時、千佳さんが把握していたのは二人だけでした」
私と、
ひかり。
第三の娘については、
母もまだ知らなかった。
「それで母は死亡通知を作った」
「はい」
「先生にも送った?」
「届きました」
五人目。
母を診ていた精神科医。
「何て書かれてたんですか」
柿崎は引き出しから、
古いコピーを出した。
十五年前の死亡通知。
氏名。
柿崎修一。
死亡日。
六月二十四日。
死因。
医師免許を失う。
私は眉を寄せた。
「死因じゃない」
「千佳さんが作った最初の通知は、そういうものでした」
父が言っていた。
最初は、
本当に死を予告する紙ではなかった。
人の人生が終わる日を、
死亡日と呼んでいただけ。
「六月二十四日に何が?」
「千佳さんが病院へ告発しました」
「先生の記録改ざんを?」
「はい」
「それで医者を辞めた?」
「一度は」
柿崎が頷く。
「処分を受け、病院を離れました」
「だから母を恨んだ?」
「恨みました」
迷わなかった。
「自分の命令で記録を改ざんしたのに?」
「人間は、そんなに立派じゃありません」
柿崎は言った。
「自分が悪いと分かっていても、それを暴いた人間を憎むことはある」
私は何も言えなかった。
母に人生を壊された七人。
全員が、
完全な被害者ではない。
完全な加害者でもない。
「でも先生は、あとで母の主治医になった」
「はい」
「恨んでたのに?」
「十五年前、千佳さんが精神科へ入院したとき」
柿崎の声が変わる。
「誰も彼女の話を信じなかった」
死亡通知。
娘が狙われている。
誰かが記録を書き換えている。
医師たちには、
妄想に聞こえた。
「でも先生だけは信じた」
「私には、二十九年前のことがありましたから」
母が言うことは、
妄想ではないかもしれない。
「だから担当した?」
「罪滅ぼしのつもりでした」
「母は許した?」
「最後まで許してくれませんでした」
「それでも診た」
「はい」
私は、
母の首に浮かんだという死亡日時を思い出す。
六月十八日。
午後十一時四十分。
「先生」
「はい」
「母が心停止した日」
柿崎の表情が変わった。
「本当に自然な心停止だったんですか」
答えない。
「高瀬さんに殺されるって、母は手帳に書いてた」
「……」
「八分間、心停止した」
「はい」
「原因不明」
「はい」
「先生は何か知ってますよね」
長い沈黙。
「薬です」
やっと答えた。
「何?」
「千佳さんの血液から、鎮静薬が出ました」
真壁が身を乗り出す。
「事件性を疑わなかったんですか」
「疑いました」
「警察には」
「報告しました」
佐伯が顔を上げる。
「そんな記録は聞いてない」
柿崎が静かに答える。
「消えたんです」
また。
「検査結果も?」
「はい」
「誰が」
「分かりません」
「でも母は死ななかった」
「蘇生しました」
八分後。
「それから母は?」
「退院したがりました」
「どうして」
柿崎の顔が強張る。
「澪さんを迎えに行く、と」
十四歳の私。
私は、
何も覚えていない。
「その日の夜、母は家へ帰ってきた」
父が言った。
「血のついた服で」
「血は誰の?」
私は訊いた。
父は答えない。
柿崎も。
「先生は知ってる?」
「知りません」
「じゃあ、そのあと」
母は死亡通知を使い、
七人を集めようとした。
真実を話させるために。
でも誰かが、
母の偽物の死亡通知を、
本当の死へ変えた。
「先生」
私は言った。
「母が最近死んだときも、先生は関わってますよね」
柿崎が動きを止めた。
「母の死亡診断書」
「……」
「先生が書いた?」
「違います」
「でも先生の名前が何度も出てくる」
「私は死亡確認をしていません」
「じゃあ誰が?」
柿崎は答えなかった。
真壁が訊く。
「水城千佳さんの死亡当日、病院には来ていますか」
「いいえ」
「彼女と最後に会ったのは?」
「亡くなる三日前」
私は息を止めた。
「母、病院に来た?」
「はい」
「何をしに?」
柿崎は私を見る。
「相談です」
「何の?」
「死に方の」
部屋が静まった。
「……死に方?」
「千佳さんは言いました」
柿崎の声が震えた。
――自分が死んだら、七人はどう動くと思う?
私は母のノートを思い出す。
私が死ねば、七人はやっと自由になる。
「母は自殺しようとしてた?」
私は訊いた。
柿崎はすぐに、
首を振った。
「違います」
「でも死に方を相談した」
「自殺の相談じゃない」
「じゃあ何だったんです」
柿崎はしばらく黙っていた。
そして、
ベッド脇の棚から封筒を取り出した。
「千佳さんが置いていったものです」
真壁が開く。
中には、
母自身の死亡診断書のコピー。
氏名。
水城千佳。
死亡年月日。
実際に母が死んだ日。
死因。
急性心不全。
ここまでは、
私が知っている内容と同じ。
でも、
下に手書きで一文あった。
母の字。
この通りに死んだら、私は殺されたと思ってください。
私は息を止めた。
「母は……」
柿崎が言った。
「自分が死ぬことを予想していました」
「それなら自殺じゃ」
「違います」
もう一度、
はっきり否定する。
「千佳さんは死ぬつもりなんてなかった」
私は柿崎を見る。
「どうして言い切れるんです」
彼は答えた。
「亡くなる翌日に」
一度、息を呑む。
「私と会う約束をしていたからです」
母が死んだ翌日。
柿崎と会う予定だった。
「何をするために?」
柿崎は、
私から目を逸らさなかった。
「七人全員の名前を警察に出すためです」
私は何も言えなかった。
母は、
死んで終わらせるつもりではなかった。
生きて、
翌日を迎えるつもりだった。
なら。
母の死は、
母自身が選んだ結末ではない。
誰かに予定された死だった。
コメント
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うわ〜〜〜〜〜第41話、読んだよ…!!😭💔 柿崎先生がまさかの“最初に壊した人”だったのか…。しかも上司の命令で記録書き換えたって、それが全部の始まりだったなんて。でも「恨んでたのに主治医になった」ってところ、人間の複雑さがすごく出てて胸が苦しくなったよ。 それに「死に方の相談」してたって…💧 母さん、生きて翌日を迎えるつもりだったのに、誰かに“予定された死”だったんだね。この展開、マジで目が離せない…。次話も待ってる!!📖✨