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#王子
すっこ
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#主人公最強
杯雪乃
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母は、
自分が死ぬことを予想していた。
でも、
死ぬつもりではなかった。
「翌日、七人全員の名前を警察に出す予定だった」
柿崎先生はそう言った。
「本当に?」
私は訊いた。
「はい」
「口約束じゃなくて?」
「記録があります」
柿崎はスマートフォンを取り出した。
母とのメッセージ。
亡くなる三日前。
明後日、もう一度伺います。
母。
その次の日、警察へ行きます。
柿崎。
私も同行します。
母。
お願いします。今度こそ全部終わらせます。
私は画面を見つめた。
母が死んだのは、
このやり取りの二日後。
警察へ行く予定の、
前日。
「これだけじゃ、自殺しない証拠にはならないですよね」
真壁刑事が言った。
「自殺する人が予定を入れていることもあります」
その言葉に、
柿崎は頷いた。
「だから、もう一つあります」
「何ですか」
「薬です」
私は顔を上げる。
母は精神科へ通っていた。
「睡眠薬?」
「処方していました」
「大量に飲んだ?」
「逆です」
柿崎は言った。
「亡くなる一週間前から、千佳さんは睡眠薬を飲んでいません」
「どうして分かるんです」
「本人が私に返したからです」
「返した?」
「全部」
柿崎は当時の記録を見せる。
残薬確認。
処方数と、
返却数。
一致している。
「理由は?」
「自分が死んだとき」
柿崎が言った。
「薬を飲んで自殺したと思われたくないから」
私は息を止めた。
そこまで母は考えていた。
「母は自分が殺されると思ってた」
「はい」
「誰に」
「そこまでは言いませんでした」
「七人の誰か?」
「分かりません」
真壁が訊く。
「水城千佳さんは、身の危険について警察へ相談していましたか」
「相談するよう勧めました」
「本人は?」
「拒みました」
「なぜ」
柿崎は私を見る。
「澪さんが疑われるから、と」
また、
私。
「どうして私が」
柿崎は答えにくそうだった。
「千佳さんの職員ID?」
真壁が言う。
「違います」
「では?」
「千佳さんは」
柿崎の声が低くなった。
「自分が死んだ場合、最も疑われるのは娘だと言っていました」
私は笑えなかった。
「私、十二年近くほとんど母に会ってません」
「だからです」
「え?」
「関係が悪かったことを、千佳さんは分かっていた」
母から最後にかかってきた電話。
私は出なかった。
十四歳の私が書いた、
死ねばいいと思う。
「母は、私が母を憎んでるって知ってた」
「はい」
「だから犯人は私を利用する?」
柿崎は頷いた。
現在、
私の職員IDが使われている。
私の指紋が死亡通知から出た。
差出人にも、
私の名前。
母は、
こうなることを予想していたのかもしれない。
「だったら、どうして私に何も言わなかったの」
声が小さくなった。
「最後の電話で」
柿崎は何も答えない。
母は死ぬ二日前、
私へ電話した。
私は仕事中だった。
着信を見て、
切った。
あとでかけ直さなかった。
もし、
あの電話に出ていたら。
何を言うつもりだったのだろう。
真壁が訊いた。
「亡くなる前日、水城千佳さんの行動は分かりますか」
「一部なら」
柿崎が答える。
「午後二時に病院へ電話」
「内容は?」
「翌日の面談確認」
「その後」
「午後四時ごろ、私宛てにメールを送っています」
「見せてもらえますか」
メール。
件名。
明日の件。
本文。
資料は全部揃いました。
七人についても、澪についても、話します。
私は指を止めた。
澪についても。
母は、
私の出生のことまで、
警察に話すつもりだった。
「続きがあります」
柿崎がスクロールする。
もう隠すのはやめます。
娘に恨まれてもいいです。
胸が痛んだ。
そして、
最後。
明日、生きて会いましょう。
私は画面から目を離せなかった。
母は、
明日を予定していた。
生きるつもりだった。
「これ、警察に提出してください」
私は言った。
「もちろんです」
真壁が答える。
そのとき、
柿崎がもう一通のメールを開いた。
「これは送信されませんでした」
「未送信?」
「下書きに残っていました」
宛先。
水城澪。
私。
母が死ぬ夜。
午後八時十二分に保存されている。
本文。
澪へ。
その一行で、
読むのが怖くなった。
でも、
目を逸らせなかった。
電話に出なくていい。
私は息を止めた。
今まで私がそうさせてきたから。
続き。
明日、全部終わったら、もう一度電話します。
「明日……」
母は、
私へもう一度電話するつもりだった。
つまり。
今夜、
死ぬつもりなんてなかった。
さらに。
そのときだけ、もし嫌じゃなければ出てください。
私は唇を噛んだ。
最後の一文。
あなたに謝りたいことがあります。
そこで、
メールは終わっていた。
送信されないまま。
私はスマートフォンを返した。
泣くつもりはなかった。
でも、
視界が滲んだ。
「母は自殺じゃない」
私は言った。
誰も否定しなかった。
「少なくとも、自分から死ぬ準備はしてない」
真壁が静かに答える。
「その可能性は高くなりました」
「じゃあ、殺された」
「そこは捜査が必要です」
「誰に?」
答えはない。
私は母の死亡時のことを思い出す。
自宅。
急性心不全。
発見されたときには、
すでに死亡していた。
事件性なし。
それで終わった。
「真壁さん」
「はい」
「母の死を、最初から調べ直せませんか」
「そのつもりです」
「死亡診断書も?」
「はい」
柿崎の顔が、
わずかに変わった。
私は気づいた。
「先生?」
「……」
「何かあるんですか」
柿崎は答えない。
「死亡診断書」
私は言った。
「前にも、偽造されたものがありましたよね」
高瀬。
久我。
ひかり。
死亡記録は、
ずっとこの事件の中心にある。
「母の死亡診断書は本物なんですか」
柿崎は目を閉じた。
「形式上は」
「形式上?」
嫌な言葉だった。
真壁が訊く。
「何をご存じですか」
柿崎はしばらく黙ったあと、
「死亡診断書そのものではなく」
と言った。
「死亡時刻がおかしいんです」
私は動きを止めた。
「何時になってるんですか」
「午後十時四十分」
「母が死んだ時刻?」
「診断書では」
一時間。
あの時刻とは違う。
何度も現れる、
午後十一時四十分。
「何がおかしいんです」
柿崎が私を見る。
「千佳さんが最後に電話をかけた時刻です」
「誰に?」
「私です」
「何時?」
柿崎は答えた。
「午後十一時十二分」
私は息を止めた。
死亡診断書では、
母は午後十時四十分に死んでいる。
なのに、
その三十二分後。
母は柿崎へ、
電話をかけている。
「先生、出たんですか」
柿崎の顔から血の気が引いた。
「はい」
「母と話した?」
「話しました」
私は何も言えなかった。
死んだはずの母が、
死亡時刻のあとに、
電話をしていた。
「何て言ったんです」
柿崎の声が震えた。
「千佳さんは」
一度、
息を吸った。
「『まだ死んでない』って言いました」
コメント
1件
第42話、読み終わりました……。母が「生きるつもりだった」って、ここまで積み重ねてくるからこそ、最後の「まだ死んでない」という電話の衝撃がすごかったです。死亡時刻の矛盾、未送信メールの「謝りたい」という言葉……澪さんの胸の痛みがそのまま伝わってくるようでした。もう引き返せないところまできている感じがして、続きが気になります。素晴らしい回でした。