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#王子
すっこ
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#主人公最強
杯雪乃
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「千佳と奈緒は、二十九年前からお互いの家族を知っていたんだ」
父の言葉を聞いても、
すぐには意味が分からなかった。
「お互いの家族?」
私は聞き返した。
父は黙っている。
真壁刑事が病院から届いた資料を確認していた。
二十九年前。
五月十七日。
岸本総合病院。
出産した女性。
水城千佳。
相原奈緒。
二人。
なのに、
新生児室に残っている女児の記録は、
一人。
「父さん」
私はもう一度言った。
「二つの家族って何?」
父がようやく口を開いた。
「水城家と、相原家だ」
「それは分かる」
「違う」
「何が?」
「普通の意味じゃない」
父は自分の手を見つめた。
「千佳は二つの家族を作った」
背中が冷えた。
「作った?」
「正確には、維持した」
真壁が顔を上げる。
「説明してください」
父は長く息を吐いた。
「俺と千佳が結婚したのは、澪が生まれる一年前だ」
「知ってる」
「奈緒とは、その前から知り合いだった」
私は父を見る。
「恋人だった?」
「違う」
「じゃあ?」
「奈緒は千佳の友達だった」
意外だった。
「昔から?」
「高校時代から」
私は初めて聞いた。
母と奈緒は、
会社で出会ったのではなかった。
もっと前。
「じゃあ二人は、ずっと知り合いだった?」
「ああ」
「それなのに同じ日に出産した?」
父は頷く。
「病院も同じ」
「偶然?」
父は答えなかった。
「偶然じゃないんだ」
「……」
「何があったの」
父は私を見る。
「奈緒の子は、死産だった」
私は息を止めた。
「え?」
「少なくとも、俺はそう聞かされた」
「誰から」
「千佳から」
「じゃあ、ひかりさんは?」
「だから俺も分からなかった」
父の声が震える。
「奈緒の子は死んだ。千佳の子は生きた。そう聞いてた」
「その生きた子が私?」
「ああ」
「でも二十二年前、奈緒さんには七歳の娘がいた」
「そうだ」
「おかしいじゃない」
「分かってる」
父は頭を抱えた。
「七年後、奈緒が突然、娘を連れて現れた」
「ひかりさん?」
「ああ」
「父さん、そのとき初めて会った?」
「初めてだった」
「奈緒さんは何て説明したの?」
父の顔が歪む。
「この子は、あの日に生まれた子だって」
「死産だったはずの?」
「ああ」
「信じたの?」
「信じられるわけない」
「母は?」
父は静かに言った。
「驚かなかった」
私は動きを止めた。
「……知ってた?」
「ああ」
「母は、ひかりさんが生きてることを?」
「最初から」
部屋が静かになった。
「じゃあ母は、父さんに嘘をついてた」
「そういうことになる」
「何のために」
「二つの家族を守るためだと言ってた」
私は思わず笑った。
「また守るため?」
「俺も同じことを言った」
父の声に苦さが混じる。
「誰を守ってるのか分からないって」
「母は何て?」
「『どちらの娘も』」
心臓が強く打った。
どちらの娘も。
私と、
ひかり。
「母はひかりさんも娘だと思ってた?」
「そう見えた」
「血が繋がってた?」
「分からない」
「DNA鑑定は?」
「しようとした」
「結果は?」
父は私を見る。
「できなかった」
「どうして」
「検体が消えた」
また。
「誰かに?」
「分からない」
「それで諦めたの?」
「千佳が止めた」
「母が?」
父は頷いた。
「『血を調べたら、この家族は終わる』って」
私は何も言えなくなった。
血を調べれば、
家族が終わる。
なら、
母は結果を予想していた。
「二つの家族って」
私はゆっくり言った。
「水城家に私がいて」
「……」
「相原家にひかりさんがいた」
「ああ」
「でも母は、両方を知ってた」
「ああ」
「奈緒さんも?」
「知ってた」
「何を」
父は答えない。
私は写真を思い出した。
母が奈緒の娘を調べ、
金を払い、
水城姓を使わせ、
その存在を隠していた。
「母と奈緒さんは」
私は言った。
「二人の子どもの正体を知ってた?」
父はゆっくり頷いた。
「たぶん」
「じゃあ、私たちのどっちかが――」
言いかけて止まる。
どっちかが、
本当は別の母親の娘?
ありふれた取り違えなら、
まだ理解できる。
でも新生児は一人。
二人を取り違えることすらできない。
「真壁さん」
私は彼を見る。
「病院の記録、本当に女児一人だけなんですか」
「新生児室の台帳上は」
「じゃあ、もう一人は?」
「出生直後に新生児室へ入っていない可能性があります」
「どういう場合?」
「緊急処置など」
真壁は資料をめくる。
「ただし、その場合も通常は記録が残ります」
「残ってない」
「はい」
父が小さく言った。
「隠したんだ」
「誰が?」
「柿崎」
私は振り返る。
「柿崎先生は当時まだ若い医師だった」
「だからだ」
「産科医じゃないでしょう」
「奈緒の担当だった」
「精神科医が出産に?」
父は首を振った。
「当時は違う」
真壁が資料を検索する。
しばらくして言った。
「柿崎修一。二十九年前は研修医ですね」
「産婦人科にもいた?」
「ローテーション中だった可能性があります」
また柿崎。
母の心停止を記録した医師。
奈緒を病院に匿った男。
三年前、ひかりの死亡診断書を書いた男。
そして二十九年前、
私たちが生まれた日に、
病院にいた。
「柿崎先生なら知ってる」
私は言った。
父が首を振った。
「話さない」
「聞いてみなきゃ分からない」
「二十九年間、話さなかった男だぞ」
「だから?」
「千佳が死んでも黙ってる」
「でも今回は自分から手紙を残した」
一人目は、私です。
死亡通知は七枚ではなく八枚ある。
柿崎は、
何かを伝えようとしている。
そのとき、
真壁の電話が鳴った。
岸本総合病院からだった。
「はい」
真壁の顔つきが変わる。
「意識が戻った?」
私は立ち上がった。
柿崎だ。
「……分かりました。すぐ向かいます」
電話を切る。
「先生、話せるんですか」
「短時間なら」
「行きます」
父も立ち上がった。
「俺も行く」
私は見る。
「父さんも?」
「ああ」
「どうして」
父は答えない。
*
柿崎は個室にいた。
頭に包帯。
顔色は悪い。
でも意識ははっきりしている。
私を見るなり、
「澪さん」
と言った。
「二十九年前のことを教えてください」
前置きはしなかった。
柿崎の表情が変わる。
「五月十七日」
私は続ける。
「母と相原奈緒さんは、この病院で同じ日に出産してる」
「……」
「でも赤ちゃんの記録は一人しかない」
「誰から聞いた」
「病院の記録です」
柿崎は父を見る。
「雅彦さん」
「もう隠せない」
父が言った。
柿崎は目を閉じる。
「千佳さんは最後まで守ったのに」
私は苛立った。
「何を守ったんですか」
返事はない。
「母は二つの家族を知ってたんですよね」
柿崎の指が僅かに動く。
「私とひかりさん」
「……」
「どっちが誰の娘なんですか」
柿崎は長い間黙っていた。
そして、
「その質問が間違ってる」
と言った。
「何が?」
「どちらが誰の娘かじゃない」
「じゃあ何ですか」
柿崎は私を見た。
「二十九年前に生まれた子どもは」
一度、
息を整える。
「本当に一人だ」
私の体が固まった。
「じゃあ、私とひかりさんのどちらかは――」
「違う」
柿崎が首を振る。
「そういう意味じゃない」
「ならどういう意味ですか!」
「二人とも生まれている」
「でも一人しかいないって」
「出生は二件あった」
「じゃあ」
柿崎の声が震える。
「ただし」
部屋が静まった。
「二人目は、赤ん坊として生まれたんじゃない」
意味が分からなかった。
「何を言ってるんですか」
柿崎は父を見る。
父は顔を伏せている。
知っている。
「父さん?」
「澪」
「知ってるの?」
父は何も言わない。
柿崎が続けた。
「二十九年前、水城千佳さんと相原奈緒さんは」
ゆっくりと言葉を選んだ。
「同じ一人の子どもを、それぞれ自分の娘として届け出ようとした」
私は息を止めた。
「同じ一人?」
「だから二つの家族が必要だった」
「何のために?」
柿崎は答えようとした。
その瞬間、
父が言った。
「もういい」
「よくない!」
私は父を睨む。
「二つの家族って何なの!」
父は私を見た。
そして、
諦めたように言った。
「澪」
「何」
「二十九年前」
父の声は妙に静かだった。
「千佳と奈緒は、一人の娘を交代で育てるつもりだった」
理解できない。
「交代?」
「水城家では水城澪」
父は続ける。
「もう一つの家では、別の名前」
「ひかり?」
「そうだ」
私は声を失った。
一人の子ども。
二つの名前。
二つの家族。
でも今、
私はここにいる。
そして、
ひかりも生きている。
なら、
どこかの時点で、
一人が二人になった。
「じゃあ……」
私は柿崎を見る。
「ひかりさんは誰なんですか」
柿崎は答えなかった。
代わりに父が言った。
「それを知ったからだ」
「何を?」
「十五年前、千佳は全部やり直そうとした」
「だから死亡通知が始まった?」
父は首を振った。
「逆だ」
「何が」
父は三枚目の死亡通知を見た。
自分が三日後に刺殺されると書かれた紙。
なのに、
不思議なくらい落ち着いている。
私は初めて、
その違和感を言葉にした。
「父さん」
「何だ」
「どうして怖くないの」
「何が」
「死亡通知」
高瀬は怯えた。
榊原も。
佐伯も。
柿崎さえ、
死を意識していた。
でも父だけは、
三枚目を見ても、
自分の死因が刺殺だと知っても、
ほとんど恐れていない。
「父さんだけ」
私は言った。
「最初から、死亡通知を怖がってない」
父はしばらく私を見つめた。
そして、
小さく笑った。
「そりゃそうだ」
「どうして」
父は答えた。
「俺は知ってるからだ」
「何を」
「死亡通知じゃ」
一度言葉を切る。
「俺は死なない」
コメント
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いやー、この26話、めちゃくちゃ重い回だったね…。一人の子どもを二つの家族で交代で育てるって、その時点で既に普通じゃないのに、今はちゃんと二人いるっていうパラドックス。柿崎先生の「二人目は赤ん坊として生まれたんじゃない」って台詞が頭から離れない。そして何より父さんが「俺は死なない」って断言してるのが不気味すぎる。何を知ってるんだろう。伏線の回収の仕方が巧みで、新たな謎も生まれて、一気に読み進めたくなる構成だった。