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#王子
すっこ
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#主人公最強
杯雪乃
1,309
午後十一時四十分。
川へ転落した車から救出された男が、
搬送先の病院で死亡した。
父は生きている。
私は助けた。
それなのに、
別の人間が死んだ。
「十五年前、奈緒を殺すはずだった男だ」
父は免許証を見たまま震えていた。
私は名前を読む。
久我健司。六十一歳。
知らない名前。
「この人が奈緒さんを?」
父は首を振った。
「殺してない」
「今、殺すはずだったって」
「予定だった」
「誰の予定?」
父は答えない。
私は机を叩いた。
「父さん!」
十二年ぶりに会ってから、
父もずっと同じだ。
知っている。
でも話さない。
「人が死んだんだよ」
「……分かってる」
「この人、私たちが川から助けたんだよ」
救急隊が来たとき、
久我には脈があった。
意識はなかったが、
呼吸していた。
外傷も致命的には見えなかった。
だから私は、
助かったと思った。
それが三時間後。
死亡。
しかも、
午後十一時四十分。
ぴったり。
「死因は?」
真壁刑事が戻ってきた。
「まだ確定していません」
「車の事故じゃないんですか」
「医師は、それだけでは説明しにくいと言っています」
嫌な言い方だった。
「どういう意味ですか」
「搬送時、久我には大きな外傷がありませんでした。水もほとんど飲んでいない」
「じゃあ、なぜ」
「急変した」
「心臓?」
「心停止です」
「原因は?」
真壁が少し間を置いた。
「これから調べます」
父が呟いた。
「また同じだ」
私は振り返る。
「何が?」
「十五年前も」
父は両手を組んだ。
「死ぬはずじゃない人間が死んだ」
佐伯の息子。
死亡通知には佐伯の名前。
でも死んだのは息子。
今回。
死亡対象者には父の名前。
でも死んだのは久我。
「死亡通知は、本人を殺すものじゃない」
私は言った。
「近くにいる誰かを殺す?」
父が首を振る。
「違う」
「じゃあ何?」
「代わるんだ」
「何が」
「死ぬ人間が」
意味が分からない。
父は続けた。
「死亡通知で指定された人間が死を避けると、代わりが必要になる」
「誰でもいいの?」
「違う」
「じゃあ誰」
父の目が久我の免許証へ向く。
「罪がある人間」
部屋が静かになった。
「罪?」
「十五年前に関わった人間の中から選ばれる」
私は考える。
高瀬。
死んだ。
久我。
死んだ。
榊原。
通知が届いている。
父。
死亡対象者になった。
柿崎。
未来の死亡診断書を持っている。
「七人?」
父は答えなかった。
「この久我って人も、母の紙に書かれた七人の一人なの?」
「違う」
「じゃあ」
「七人の外側にいた」
ますます分からない。
真壁が椅子を引いた。
「水城雅彦さん」
父を見る。
「久我健司について、最初から話してください」
父は黙っていた。
真壁は続ける。
「今夜あなたを轢こうとした。偶然とは考えにくい」
「……」
「しかも十五年前の相原奈緒さんの事件と関係がある」
「……」
「黙秘されますか」
父が笑った。
弱い笑いだった。
「十五年前も警察はそうやって訊いた」
「当時も事情聴取を?」
「ああ」
私は初めて知った。
「父さん、警察に呼ばれてたの?」
「奈緒が死んだからな」
「恋人だったから?」
父が私を見る。
「それだけじゃない」
やっと。
何かを話す気になった。
「久我は、高瀬の使い走りだった」
「社員?」
「違う。外部の人間だ」
「何をしてたの」
「事故を作ってた」
背中が冷えた。
「事故を?」
「会社にとって邪魔な人間がいたら、脅す。尾行する。事故に遭わせる」
真壁の表情が変わる。
「犯罪の告白ですか」
「俺がやったんじゃない」
「知っていた?」
父は頷いた。
「高瀬から聞いたことがある」
「警察には?」
「言えなかった」
「なぜ」
父は私を見る。
「澪を人質に取られてた」
また私。
私は苛立った。
「何でも私のせいにしないで」
「違う」
「母も父さんもそう。私を守るため、私を守るためって」
声が大きくなる。
「そのせいで何人死んだの?」
父は何も言えなかった。
「私、頼んでない」
静かになった。
真壁も止めなかった。
「私を守るためなら、他人が死んでもいいの?」
父は俯く。
「よくない」
「だったら話して」
長い沈黙。
父が口を開いた。
「十五年前の六月二十一日」
佐伯の息子が死んだ夜。
「高瀬は奈緒に車を運転させるつもりだった」
「録音で聞きました」
「本当の計画は違った」
「何が?」
「奈緒に佐伯の息子をはねさせたあと――」
父の声が掠れる。
「久我が奈緒を殺す予定だった」
私は息を止めた。
「口封じ?」
「ああ」
「どうやって」
「川へ落とす」
相原奈緒は、
後に車ごと川へ転落して死んでいる。
同じ方法。
「じゃあ十五年前の奈緒さんの死も久我が?」
父は首を振った。
「違う」
「なぜ分かるの」
「その夜は失敗したから」
「失敗?」
父は私を見る。
「奈緒は佐伯の息子をはねたあと、逃げた」
「久我から?」
「ああ」
「それで?」
「千佳が奈緒を見つけた」
母。
「母が?」
「そして奈緒を隠した」
私は驚く。
「どこに」
「岸本総合病院」
また病院。
「柿崎先生?」
父が頷く。
「柿崎が匿った」
母と柿崎。
奈緒。
全部が病院に集まっている。
「じゃあ奈緒さんは、事故のあとも生きていた?」
「ああ」
「何日?」
父は私を見る。
「七日間」
心臓が強く打った。
今まで私は、
佐伯の息子の事故と奈緒の死亡が、
ほぼ続けて起きたと思っていた。
でも違う。
奈緒は、
七日間生きていた。
「その七日間に何があったの?」
「奈緒は全部話すと言った」
「警察に?」
「そうだ」
「A-07のことも?」
「全部だ」
「だから殺された?」
父が頷く。
「七日目の夜、奈緒が病院から消えた」
「誰が連れ出したの」
「分からない」
「久我じゃない?」
「久我はその時間、警察にいた」
真壁が反応した。
「警察?」
「俺が久我を殴った」
私は父を見る。
「何?」
「奈緒を殺そうとしたって知って、俺が殴った。捕まった」
「父さんが?」
「ああ」
「じゃあ久我にはアリバイがある」
「だから奈緒を川へ落としたのは別の人間だ」
十五年前。
奈緒を殺す予定だった久我。
しかし実際に奈緒が死んだ夜、
久我には殺せなかった。
そして今夜。
その久我が、
同じ川へ車で突っ込み、
死亡通知と同じ時刻に死んだ。
まるで十五年前に果たせなかった役割を、
誰かに精算されたように。
真壁の携帯が鳴った。
「真壁です」
短いやり取り。
顔つきが変わる。
「分かりました」
電話を切る。
「久我さんの死因について、速報が出ました」
私は身構える。
「何ですか」
「薬物です」
「薬?」
「血液から高濃度の鎮静薬が検出されました」
「運転する前から?」
「その可能性が高い」
私は眉を寄せる。
「じゃあ、意識がおかしい状態で父を轢こうとした?」
「あるいは」
真壁が言う。
「本人の意思ではなかった」
父が顔を上げる。
「久我も操られた?」
「まだ分かりません」
「薬は何ですか」
真壁が答える。
聞き覚えのある名前ではなかった。
ただ、
「医療機関で使われる薬です」
と言った。
岸本総合病院。
柿崎。
母。
嫌な線がまた繋がる。
さらに真壁が一枚の写真を見せた。
久我の所持品。
財布。
携帯電話。
鍵。
そして、
折り畳まれた白い紙。
「これが上着の内ポケットから出ました」
私は画面を拡大した。
死亡通知。
ただし、
高瀬や榊原のものとは違う。
氏名。
久我健司。
死亡年月日。
九月三日。
死亡時刻。
午後十一時四十分。
死因。
薬物中毒。
私は息を呑んだ。
「久我にも通知が届いてた……」
「そういうことになります」
「いつ?」
「分かりません」
父が呟いた。
「あいつは自分が死ぬって知ってたのか」
私は通知の下を見る。
文字がもう一つある。
条件
水城雅彦を死亡させた場合、本通知を無効とする。
理解するまで数秒かかった。
久我は、
父を殺せば、
自分が助かる。
そう信じさせられていた。
だから父を轢こうとした。
「死亡通知は……」
私は呟く。
「人に人を殺させてる」
未来を予言しているのではない。
死を交換条件にして、
人を動かしている。
十五年前から。
真壁がさらに言った。
「もう一つあります」
「何ですか」
「紙から指紋が出ています」
「久我さんの?」
「もちろんそれも」
真壁は私を見る。
嫌な予感がした。
「他に誰の?」
「照合が必要ですが」
言い淀む。
「言ってください」
真壁は写真をこちらへ向けた。
鑑識の簡易結果。
検出された指紋。
久我健司。
不明。
そして、
もう一人。
水城澪。
私は息をするのを忘れた。
「……私?」
「紙の右下から、あなたのものと一致する可能性が高い指紋が検出されています」
「触ってません」
「分かっています」
「この通知、今初めて見たんですよ!」
声が震えた。
私は久我に会ったことさえない。
なのに、
久我に届いた死亡通知には、
私の指紋がある。
十五年前から続く死亡通知。
母の名前が使われ、
今は私の名前が使われている。
未来の死亡届を登録した職員IDも私。
榊原への通知の差出人も私。
そして、
久我の死亡通知には、
私の指紋。
偶然ではない。
誰かが私を犯人にしようとしている。
そう思った。
でも、
父だけが違う顔をしていた。
怯えている。
私ではなく、
私の手を見ている。
「父さん?」
「澪」
「何?」
「お前、本当に覚えてないのか」
「何を?」
父の声が震えた。
「死亡通知を――」
一度、息を呑む。
「昔、触ったことを」
コメント
1件
わあ、もう19話…!今回もすごい情報量でしたね。久我さんが死亡通知を受け取っていた上に、その条件が「水城雅彦を死亡させたら無効」って、完全に人を♡♡♡せる仕組みになってるのが怖すぎます。そして澪さんの指紋がそこに付いてるって…「覚えてないのか」で終わる父さんのラストの一言、めちゃくちゃ気になります。十五年前と今、代わる代わる人が死んでいく構造もすごく丁寧で、続きが待ちきれないです!