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#王子
すっこ
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#主人公最強
杯雪乃
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「死亡通知を、昔、触ったことを」
父の言葉で、
十五年前の記憶が揺れた。
「ない」
私はすぐに答えた。
「覚えてない」
「覚えてないだけだ」
「十四歳だよ。そんなもの見たら忘れない」
父は私を見た。
「忘れさせたんだ」
背中が冷たくなる。
「誰が?」
「千佳が」
「母が?」
「お前に、全部忘れろと言った」
私は笑えなかった。
「言われただけで忘れられるわけないでしょう」
「だから、お前は家を出るまでずっと、あの夜のことを夢だと思ってた」
あの夜。
十四歳の私。
母が帰ってこなかった。
父が皿を壁へ投げつけた。
知らない女から何度も電話が来た。
そして深夜、
母が血のついた服で玄関に立っていた。
そこまでは思い出している。
でも、
その先がない。
「何があったの」
父は答えなかった。
真壁刑事が言う。
「水城雅彦さん。十五年前の死亡通知に澪さんが触れたというなら、詳しく話してください」
父は目を閉じた。
「千佳が病院から戻ってきた夜だ」
「六月十八日?」
私が訊く。
母が岸本総合病院で八分間、心停止した日。
父は頷いた。
「玄関に立ってた。服に血がついてた」
記憶と一致する。
「そのとき母は何を持ってた?」
「封筒だ」
黒い縁の、
死亡通知。
「俺が開けた」
「中には?」
「千佳の名前が書いてあった」
「死ぬのは母だった?」
「最初はな」
最初は。
その言い方が引っかかった。
「どういう意味?」
「裏に選択欄があった」
十五年前の通知。
七人の中から一人選べ。
母は選ばなければ、
娘――私が死ぬと脅されていた。
「千佳は誰も選ばないと言った」
父が続ける。
「俺は選べと言った」
私は父を見る。
「誰かを殺せって?」
「澪を守りたかった」
「だからって」
「分かってる!」
父の声が響いた。
すぐに俯く。
「今なら分かる。あのときは……怖かった」
父と母が言い争った。
それで皿が割れた。
私が覚えていた夜。
「私もそこにいたの?」
「途中で二階から降りてきた」
頭の奥が痛んだ。
何かが浮かぶ。
白い紙。
黒い縁。
泣いている母。
父の怒鳴り声。
――見るな。
誰かが言った。
私はこめかみを押さえた。
「澪?」
「続けて」
父が躊躇する。
「お前が紙を拾った」
指先が冷たくなった。
「落ちた通知を?」
「ああ」
「私、読んだ?」
「読んだ」
「何が書いてあったの」
父は私を見た。
「お前の名前だ」
呼吸が止まりそうになる。
「母の通知だったんでしょう」
「裏だ」
父が言った。
「裏に赤い文字が出た」
現在と同じ。
勝手に変わる文字。
代替対象者 水城澪。
「十四歳の私は、自分が死ぬって書かれた紙を持ってた?」
「ああ」
断片が戻る。
紙を握る手。
母が私から奪おうとする。
私は後ろへ下がる。
そして言った。
――お母さんが誰かを選べば、私は死なないの?
喉が詰まった。
私は、
それを言った。
「思い出した?」
父が訊く。
「少しだけ」
次の記憶。
母が泣いている。
私は死亡通知を持っている。
――じゃあ選んでよ。
十四歳の私が言う。
――誰でもいいから。
私は椅子から立ち上がった。
「私が言った……」
「澪」
「母に、人を選べって」
「子どもだった」
「でも」
「お前は死にたくなかっただけだ!」
父が立ち上がる。
「十四歳の子どもが、自分の命と知らない誰かの命を比べさせられたんだぞ!」
私は何も言えなかった。
佐伯の息子。
相原奈緒。
十五年前の死。
もし母が佐伯を選んだ理由の一つが、
私の言葉だったとしたら。
母だけが加害者だったのではない。
私も、
最初から事件の中にいた。
真壁が静かに言った。
「ただし、それと今回の指紋は別問題です」
私は顔を上げる。
「どういう意味ですか」
「十五年前の紙に触れたからといって、二日前に久我さんが所持していた紙に指紋が付くことはありません」
そうだ。
今回の通知は新しい。
「誰かが私の指紋を移した?」
「可能性の一つです」
「できますか」
「不可能ではありません」
真壁は続ける。
「問題は、なぜ犯人がそこまでしてあなたの指紋を付けたのかです」
「私を犯人にするため」
「それなら、もっと簡単な方法がある」
確かに。
私の職員ID。
差出人名。
すでに犯人は私の名前を使っている。
そこへ指紋まで。
真壁が言う。
「むしろ犯人は、あなたに気づいてほしかったのかもしれない」
「何に?」
「十五年前、あなたが死亡通知に触れていたことに」
誰かが、
私の記憶を掘り起こそうとしている。
犯人は私が忘れていることまで知っている。
そのとき、
父が呟いた。
「まさか」
「何?」
「十五年前の通知」
父の顔色が変わる。
「千佳は捨ててない」
「母の家にあった七枚?」
「違う」
「じゃあ何」
「最初の一枚だ」
母に届き、
私が触った死亡通知。
「どこにあるの?」
「千佳が隠した」
「場所は?」
父は迷った。
「澪の部屋だ」
*
午前一時十三分。
警察立ち会いで、
母の家へ戻った。
十二年前まで使っていた私の部屋。
母は、
私が家を出てからほとんど触っていなかったらしい。
机。
本棚。
古いベッド。
父はクローゼットの下を指した。
「床板」
真壁が確認する。
一枚だけ、
わずかに浮いていた。
工具で外す。
中には、
薄い金属箱。
母の字で書かれていた。
澪が思い出したときだけ開ける。
手が震えた。
箱を開ける。
中には、
一枚の死亡通知。
十五年前のものだった。
黒い縁。
黄ばんだ紙。
表。
水城千佳。
死亡日時。
六月十八日。
午後十一時四十分。
死亡原因。
心停止。
私は息を呑む。
母は本当に、
六月十八日に一度心停止している。
死亡通知は、
それさえ予告していた。
真壁が裏返す。
赤い文字。
選択者 水城千佳
その下。
代替対象者 水城澪
そして、
紙の右下。
十四歳の私が握った場所。
指紋を調べれば、
きっと私のものが出る。
「犯人はこの紙から私の指紋を取った?」
真壁は答えない。
箱の中には、
もう一枚あった。
小さなメモ。
母の字。
この紙を持っている人が、澪に死亡通知を送る。
私は読み返した。
「母は犯人を知ってた?」
その下に続きがある。
三枚目まで来たら、雅彦を探して。
父が息を呑んだ。
その瞬間、
玄関の郵便受けから音がした。
カタン。
全員が止まる。
真壁が廊下へ走る。
玄関を開ける。
外には誰もいない。
郵便受けの中に、
白い封筒が一通。
黒い縁。
宛名。
水城澪様。
真壁が手袋をつけ、
封筒を開く。
中から三枚目の死亡通知を取り出した。
私は名前を見る。
そこには、
十二年間会っていなかった男の名前が記されていた。
水城雅彦。
そして死亡日時。
九月六日 午後十一時四十分。
私は父を見る。
父は紙を見つめたまま動かなかった。
二枚目では、
榊原の通知の「死亡対象者」だった父。
今度は、
父自身が受取人になった。
三枚目が、
始まった。
コメント
1件
うわ…第20話、重かったですね。澪ちゃんが十四歳の自分を思い出して「母に人を選べって言った」って自覚するところ、胸がぎゅっとなりました。あのときの「死にたくない」って気持ちは、子どもなら当然なのにね…。それに、母が隠した死亡通知が澪ちゃんの部屋の床下から出てきて、しかも三枚目が父・雅彦さん宛てで九月六日って…もう、読んでて息が止まりそうでした。犯人は澪ちゃんに気づかせたかったっていう真壁さんの言葉、すごく気になる。ここからどうなるんだろう…🥀