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「なんだよ、来るなら来るって言っとけよ。──俺の“飼い主”さん?」
遥の声が乾いて響く。
笑っているのは、いつものように“演技”だ。
でも、蓮司の目は、それを“許し”ていない。
蓮司はゆっくりと歩み寄ってくる。
私服のゆるいシャツに、口元だけが笑っていた。
「……また、やってんだ?」
その声は、呆れと退屈を含んでいた。
けれどその目は、遥だけを、鋭く、面白がって見ていた。
「おまえ、ほんと、“見せる”の好きだよな。……性癖?」
ざわつく教室。笑う者。見えないふりをする者。耳を塞ぐふりをして聞いている者。
蓮司は一歩、遥に近づく。
「昨日、“中まで舐めた”時も、ちょっと声、出てたよね?」
遥の肩がピクリと動いた。
教室の中で、誰かが吹き出す。
もう誰も止めない。
“こういうショー”は、今に始まったことじゃない。
そして今日は──いつもより、“本物”の匂いがした。
「ちが……」
遥が何か言いかけて、やめる。
口元を歪めて笑いを浮かべる。
──演技、だ。すべて。
蓮司は、ふ、と顔を近づけてきた。
「演じんなって。……俺の前だけは、ちゃんと“感じてる”顔しろよ?」
耳元で囁かれたその言葉。
遥は思わず、息を呑んだ。
「“恋人”なんだろ? そう言ってくれたの、おまえだし」
蓮司はわざと、“恋人”という単語に下卑た色を乗せた。
遥の言った“嘘”を、玩具のように弄ぶ。
「じゃあ……証明、する?」
蓮司の指が、遥の顎に軽く触れる。
目の前でそのやりとりを見ているクラスメイトたちが、ざわめきを隠せずにいる。
──これは現実か? 演劇か?
そんな判断を破壊していくほどの、“ねじれ”が充満していた。
遥は、その手を振り払わない。
むしろ、わざと触れられるように、わずかに首を傾ける。
(“やられる前に、やる”。
“傷つく前に、笑う”。
“壊れる前に、演じる”。──そうして、ここまで来た)
だけど──蓮司だけは、違う。
演技が通用しない。
“どこまでが本音で、どこまでが壊れてるのか”を、見透かす目をしている。
「なぁ、今日の夜──また、俺んち、来る?」
蓮司がそう言うと、誰かが「マジで彼氏なのかよ」と呟いた。
遥は──笑って、頷いた。
「……うん。呼ばれたら、行くよ」
蓮司はにや、と口の端を吊り上げる。
「ほんと、いい子。
じゃ、みんなにも“俺のモノ”って、ちゃんと見せとこうか」
そして、その場で──遥の首筋に、ゆっくりと、口を近づけた。
わざと“キスするかしないか”の距離で止まり、吐息だけをぶつける。
遥の背中が、ぞくりと震える。
教室に、笑いと興奮と、妙な緊張が走る。
蓮司は囁くように言った。
「震えてんじゃん。演技じゃ、ねーな」
──その瞬間、遥の膝が、かすかに力を失う。
机に手をついて、平静を保つ。
けれど誰よりも蓮司が、それを見逃さない。
「じゃ、また今夜。演技の続きを、教えてよ。……恋人同士らしく」
そう言って、蓮司は教室を後にした。
残された遥は、誰の視線も見ず、
笑ったまま、その場に立ち尽くしていた。