そして土曜の休日の朝、葉月は航太郎と朝食を終えてから、一通りの家事を済ませた。
その後、庭へ出ようとすると、二階から航太郎がものすごい勢いで降りてきて言った。
「母ちゃん、大変だ!」
「何? そんなに慌てて」
「今日、賢太郎さんに勉強を教わることになってたんだけど、キャンセルになっちゃった」
「ふぅん。きっと仕事が忙しいんだから、あまり無理言わないのよ」
「違うよ、仕事じゃないんだ」
「じゃあ何?」
「風邪で寝込んでるんだって!」
「え?」
「どうしよう、母ちゃん! 俺、心配だから様子見てこようかな?」
今すぐにでも飛び出して行きそうな勢いの息子を見て、葉月は慌てて制止した。
「航ちゃんが行ったって、どうにもならないでしょう?」
「じゃあ母ちゃんが行ってよ。俺、心配でたまらないんだ!」
「熱はあるの?」
「わかんない。でも結構しんどうそう」
「そうなんだ……」
葉月は、どうしようかと考える。
「ね、だから俺と一緒に行ってよ」
「あなたが行っても何もできないでしょう? それにうつっても困るし。だから、お母さんが見てくるよ」
「行ってくれるの? よかった!」
航太郎は、心からホッとしていた。
(あの子ったら、あんなに心配して……)
葉月は、息子が賢太郎のことを本当に好きなのだと、改めて感じた。
そこで、再び考える。
(何か持って行った方がいいのかな? ううん、まずは様子を見ないとね)
とりあえず、葉月は体温計だけを持って隣のマンションへ向かった。
マンションのエントランスへ行くと、インターフォンを押す。
賢太郎の部屋は、二階の葉月の家側の角部屋なので、おそらく201号室だろう。
押してからしばらく応答がなかったが、辛抱強く待っていると、怠そうな賢太郎の声が返ってきた。
【はい……】
【あ、葉月です。航太郎から具合が悪いって聞いたんだけど、大丈夫?】
【うん……いや、大丈夫じゃないかも。熱が上がってきちゃってさ……】
【それは辛いわね。入ってもいい?】
【どうぞ】
鍵が解除されると、葉月はすぐに中へ入りエレベーターへ向かう。
しかし途中階段を見つけたので、階段で二階へ上がり201号室の前まで行った。
その時、ちょうど鍵がガチャッと開く音がしたので、葉月はドアを開けて中へ入った。
玄関に入ると、Tシャツにスウェット姿の賢太郎が立っていた。
髪はボサボサで、無精ひげが伸びている。顔色は悪く、かなり具合が悪そうだ。
「ごめん……」
「ううん、気にしないで。大丈夫? 熱は何度?」
「体温計がないんだ」
「持ってきたから測って」
「うん……」
二人はリビングへ向かう。
廊下を歩きながら、葉月は豪華マンションの室内を見て、思わずため息を漏らした。
(富裕層向けのリゾートマンションだけあって、すごく素敵だわ……)
玄関から廊下にかけては、シンプルな中にも重厚感があり、まるで洗練されたホテルのようだ。
しかし、リビングに入った葉月はギョッとする。
そこには、アウトドア用のテーブルセットと、無造作に置かれた寝袋以外、何もなかったからだ。
「え? もしかして、そこで寝てるの?」
「うん」
「ベッドもないの?」
「二ヶ月間の仮住まいだからね」
「でも、お布団くらいはあるでしょう?」
「布団も面倒だから持ってこなかった」
賢太郎が当たり前のように答えるのを見て、葉月は驚きを隠せなかった。
「えー、でもこれじゃあ身体が休まらないでしょう?」
「慣れてるから平気だよ。撮影でキャンプする時は、いつもこうだし」
賢太郎はそう言うと、アウトドアチェアに腰かけ、体温計をわきに差し込んだ。
そして、電子音が鳴ったあと、賢太郎はこう呟いた。
「9度1分もあったのか……」
「高いじゃない! もちろん病院にも行ってないのよね?」
「うん」
「いつから具合が悪いの?」
「昨夜から。寝たら治ると思ってたけど、駄目だったな。昨日、撮影で雨に濡れたのが悪かったのかな?」
「そっか……。でも39度は辛いわよね……」
葉月はガランと何もない室内を見回しながら、どうしたものかと考える。
「大丈夫だよ、寝てれば治るから」
「39度じゃ、そう簡単にはよくならないわ」
(すごく辛そう……)
賢太郎の赤く汗ばんだ顔を見て、葉月は決心した。
「いいわ、うちに来て!」
「え?」
「うちには客間もあるし、食事も出せるから。ここじゃ悪化する一方だもの」
何もない無機質な部屋を見回しながら、葉月は言った。
「でも、航太郎にうつったら困るだろう? 期末テスト前だし」
「大丈夫よ。治るまで、部屋から出ないようにしてくれればいいから。とりあえず、着替えとか必要なものをまとめて!」
葉月はそう言いながら、脱ぎ捨てられたままの衣服を拾い集める。
「洗濯もうちで一緒にするから、持って来て」
「本当にいいの?」
「ばかね。いいから言ってるんでしょう」
「……じゃあ、お言葉に甘えようかな」
「ほら、そうと決まったら、必要なものをまとめて!」
葉月も手伝いながら準備を終えると、二人は荷物を持って葉月の家に向かった。
コメント
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39度もあるんじゃあ、寝ていても心配よね。
賢太郎さん何ならそのまま葉月さんちにそのまま居候させて頂いたら?
葉月さんの提案いいと思う。あまり生活感なくて治る気がしないもの😅 葉月ちゃんの愛情たっぷりの看病が一番効くね🤭 賢太郎さん素直に甘えちゃえ(*´艸`*)フフ💕💕