次の週、凪子は信也と共に竹原興信所へ向かった。
興信所へ着くと応接室へ通される。
しばらくすると女性の事務員が二人にお茶を持って来てくれた。
「ありがとうございます」
凪子は女性に会釈をすると、早速お茶を一口いただく。
緊張で口の中がカラカラだ。
「大丈夫か?」
「うん……覚悟は出来ているから大丈夫よ!」
そう言いながら凪子の声は少し上ずっている。
その時ノックの音がして二人の男性が入って来た。
凪子と信也が立ち上がろうとすると、
「あっ、どうぞそのままで。えー、私は所長の竹原と申します」
今回信也とは初対面だった竹原は、信也に名刺を渡しながら挨拶をした。
そして隣にいる若い社員を二人に紹介する。
「こちらは担当の長田です」
「今回の調査を担当させていただきました長田です」
長田は20代半ばの若者だった。
凪子が良輔の動きを逐一メッセージで報告していたのは、この長田だったのだ。
「ご依頼のありました調査の結果なのですが、先に正直に申し上げますと、やはり『クロ』だと思われます。とりあえずこちら
の写真をご覧下さい」
所長の竹原は二人の前に写真の束を置いた。
その束は厚みがありかなりの量だ。
「一番上が調査を始めた初期のもので一番下が最近のものです。順番に並んでおりますので」
今度は調査員の長田が説明してくれた。
凪子は頷いてから写真を手に取り一枚一枚めくり始める。
凪子が見終わった写真を机に置くと、それを信也が見ていく。
写真はどうあがいても良輔の浮気の決定的な写真ばかりだった。
二人がラブホテルへ入る写真
ラブホテルから出て来る写真
人気のない道でキスをしている写真
絵里奈をタクシーに乗せて手を振る良輔の写真等
不倫の証拠として使えそうな写真ばかりだった。
初期の頃は人目を気にして、少し距離を取りながらホテルへ入っていたが、
その一週間後には二人で手を繋いで歩いている。
そしてさらにその先では、絵里奈がしなだれかかるように良輔と腕を組んで歩いていた。
二人はどこからどう見ても恋人同士にしか見えない。
凪子は絶句しながら、一度写真を見る手を止めた。
覚悟はしていたが、リアルな画像を目の当たりにすると想像以上にきつい。
そこで心配した信也が言った。
「大丈夫か?」
「う、うん…大丈夫…」
凪子は一度深呼吸をすると、写真の続きを見始めた。
そして何枚かめくった後に声を出す。
「アッ」
なぜ声を出し方と言うと、二人が向かい合って座っているカフェに見覚えがあったからだ。
「このカフェ……」
そう…そのカフェは凪子も知っているカフェだった。
その店は、良輔と初めてのデートで入ったカフェだった。
良輔は、凪子との思い出の店に愛人の絵里奈を連れて行っていたのだ。
「知ってる店か?」
信也がその写真を覗き込み聞いた。
「初めてのデートで行ったカフェよ…」
「…………」
信也は驚いて何も言えなかった。
凪子は気持ちを落ち着けようともう一度深呼吸をすると、さらに写真をめくり始めた。
すると、次々と凪子の知っている店が出てくる。
凪子がお気に入りのブランドショップ、
先日ワンピースを買って貰った表参道のセレクトショップ、
凪子が行きつけの食器店、
そして二人が付き合い始めた頃、良輔が手土産に持って来てくれたケーキ店等、
二人の思い出の店ばかりだった。
(馬鹿じゃないの! 妻との思い出の場所に愛人を連れて行くなんて! いくらなんでも無神経すぎる…)
夫のあまりの浅はかさに呆れてものも言えない。
写真を最後まで見るのがばからしくなり、凪子は残りの写真をテーブルの上に置いた。
「全部見ないのか?」
「うん…もう充分よ…」
そこで、調査員の長田が少し遠慮気味に言った。
「是非最後まで見て下さい。最後の方の写真を見ると、明らかに二人の関係性が最初の頃とは変わってきていますから」
長田の言葉を聞いた凪子は、頷くとすぐに写真を手に取る。
そして続きをめくってみると、確かに段々と二人の様子が変わってきている。
初めの頃は仲睦まじくラブラブな雰囲気だった二人が、最近の写真では少しよそよそしい雰囲気に変わっている。
そして直近の写真では、良輔の顔に全く笑顔が見られなかった。
絵里奈と歩く表情は、しかめっ面をしているように見えた。
調査期間は一ヶ月だが、その一ヶ月の間でこれほどまでに変化していた。
おそらく二人は付き合って最低でも数ヶ月は経っているはず。
そしてここ一ヶ月以内での変化が激しい。
(そんなにすぐ冷めちゃうの?)
凪子は呆れた表情のまま写真を見ていく。
すると、一番最後の写真に二人が言い争うような場面が写っていた。
「これは?」
凪子はその写真を見せながら調査員の長田に聞いた。
「その日私はずっと二人の後つけていたのですが、突然目の前で言い争いが始まりました。特に女性の方が『奥さんには高い服
を買ったくせに』とか『バラすわよ』とか、そんな内容をご主人に捲し立てていました」
それを聞いた凪子は、思わず信也を見た。
すると信也も驚いた顔をしている。
そして信也が長田に聞いた。
「という事は、二人の関係に亀裂が生じ始めているって事でしょうか?」
「それは僕にもわかりません。喧嘩が一時的なものなのかそうでないのかも。ただ二人が会う頻度は確実に減っているので…私
にわかるのはそのくらいしか……」
「そうですよね、ありがとうございます」
信也はそう言って写真をテーブルへ置いた。
コメント
2件
複座すぎる凪子さんの気持ち昂ってますよねショックすぎる…
言葉にならない…これは捨てられても文句が言えない状況だし慰謝料もしっかり取れると思うけど、思い出の場所を汚したり夫を横取りされて妻を冒涜するような行動にも反吐が出る💢💢💢 数ヶ月でヒビが入る脆い関係かもしれないけど、妻である凪子さんへの裏切りはきっちり清算してもらわないと怒りが収まらない😡😤🤬怒💢