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#王子
すっこ
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#主人公最強
杯雪乃
1,309
十五年前。
十四歳の私が、
母を階段から突き落とした。
私は、
そう思い出した。
でも。
間違っていた。
最初に気づいたのは、
真壁刑事だった。
「水城さん」
「はい」
「この映像、本当に十五年前のものですか」
岸本総合病院。
旧産科病棟。
制服姿の私。
午後五時四十六分。
母が現れる。
私は母と争い、
カメラの外へ消える。
その先に、
階段がある。
「記録の日付は十五年前です」
私は答えた。
「六月二十五日」
「映像ファイルの表示はそうです」
「じゃあ何が?」
真壁が、
画面の隅を拡大した。
「これを見てください」
病院の掲示板。
小さなポスター。
私は読めなかった。
さらに拡大。
そこには、
年度が書かれていた。
十五年前ではない。
十七年前。
「……え?」
私は画面へ顔を近づけた。
「二年前?」
「映像自体が古い可能性があります」
「でも私、十四歳だったはず」
父を見る。
父は、
目を逸らした。
その瞬間。
胸の奥で、
何かが冷えた。
「父さん」
返事がない。
「私、何歳だったの」
「……」
「階段から母を落としたとき」
父が、
ゆっくり口を開いた。
「十二歳だ」
私は息を止めた。
「十二?」
「そうだ」
「じゃあ、十五年前じゃない?」
「違う」
頭が追いつかない。
「でもみんな」
私は柿崎先生を見る。
「十五年前って言ってた」
先生も、
目を伏せた。
「どうして?」
誰も答えない。
「ねえ」
声が震えた。
「何で二年ずらしたの?」
父が言った。
「千佳がそうしろと言った」
また、
母。
「事件の日付まで?」
「ああ」
「なんで!」
父が私を見る。
「十二歳のお前を守るためだ」
「十四歳なら守らなくていいの?」
「そういう意味じゃない」
「じゃあどういう意味!」
父はしばらく黙ったあと、
言った。
「十二歳のお前は」
一度、
言葉を止める。
「その日、病院にいるはずがなかった」
意味が分からない。
「でも映像にいる」
「だから問題だった」
「何が?」
「その日」
父の声が低くなった。
「水城澪は、別の場所にいたことになっていた」
私は動けなくなった。
「別の場所?」
「学校の宿泊行事だ」
「そんなの……」
記憶がない。
「二泊三日で、市外にいた」
「でも私は病院にいる」
「ああ」
「じゃあ学校を抜けた?」
「違う」
父が首を振った。
「学校にも、澪がいた」
部屋が静まり返った。
「何言ってるの」
「宿泊行事の集合写真にも」
父が言う。
「お前が写ってる」
私は笑いそうになった。
「同じ日に?」
「ああ」
「二人?」
答えない。
また。
名前を入れ替えた娘たち。
ひかり。
名前のない少女。
そして私。
「写真を見せて」
父は、
古い封筒を取り出した。
ずっと持っていたらしい。
中から、
集合写真。
十二歳くらいの子どもたち。
ホテルの前。
端から探す。
いた。
私。
少なくとも、
顔は私だった。
「これ……」
制服ではない。
笑っている。
その時刻。
写真の裏。
午後五時二十分。
病院の防犯映像で、
私が映った二十六分前。
市外から病院までは、
車でも二時間以上。
「無理」
私は言った。
「同じ人じゃない」
「そうだ」
父が答えた。
「どっちが私?」
誰も答えない。
私は病院映像を見る。
制服の少女。
集合写真を見る。
笑っている少女。
二人とも、
私に見える。
「ひかり?」
私は訊いた。
「どっちかがひかりさん?」
父が首を振る。
「当時、俺もそう思った」
「違った?」
「ああ」
「じゃあ誰」
「分からなかった」
また、
第三の娘。
十二歳の時点で、
私と同じ顔に近い少女がいた。
「だから事件の日を二年ずらした?」
真壁が訊く。
父が頷く。
「千佳は、十二歳の澪が病院にいたことを消したかった」
「十四歳の事件として作り直した」
「そうだ」
「どうやって」
「診療記録」
柿崎先生が言った。
「私が協力しました」
私は先生を見る。
「また先生が?」
「はい」
「十二歳の記録を消して、十四歳の記録に?」
「完全ではありません」
「でもやった」
「はい」
「なんで!」
先生の顔が歪む。
「千佳さんに頼まれた」
「そればっかり」
「違います」
先生が初めて強く言った。
「私も怖かったんです」
「何が?」
「十二歳の澪さんが、二人いたことが」
背中が冷たくなる。
二十九年前。
赤ん坊。
二人。
十五年前だと思っていた事件。
十二歳。
また二人。
「母は何を隠してたんです」
先生は答えない。
「私が二人いた?」
「同じ名前を使っていた少女が二人いた」
「それって、ひかりでしょう」
「違います」
先生が言った。
「ひかりさんとは別です」
私は何も言えなかった。
三人。
やはり、
三人の娘。
母は、
三人の名前を入れ替え続けた。
その一人が、
水城澪として宿泊行事へ行った。
そして、
別の一人が、
水城澪として病院へ来た。
「じゃあ」
私は訊いた。
「階段から母を突き落としたのは」
声が震える。
「本当に私?」
父が、
答えなかった。
「映像の女の子が私だって証明できる?」
できない。
顔だけ。
制服。
髪型。
十二歳。
私は映像を何度も見る。
少女が母へ近づく。
怒っている。
写真を持っている。
そして、
カメラの外へ。
「声は残ってないんですよね」
「監視映像には」
真壁が答える。
そのとき。
柿崎先生が言った。
「あります」
全員が振り返った。
「何が?」
「音声です」
「さっきはないって」
「防犯カメラにはありません」
先生は、
古い箱からカセットテープを取り出した。
「千佳さんが録音していた」
私は息を止めた。
「母が?」
「その日、七人を集めるために」
母は、
会話を録音していた。
証言を残すため。
先生が再生機に入れる。
ノイズ。
母の声。
『全部、今日で終わらせます』
若い。
でも、
母だ。
誰かの声。
父。
榊原。
由紀子。
高瀬。
佐伯。
柿崎。
三田村。
十五年前ではなく、
十七年前。
すでに、
七人は集められていた。
「死亡通知は?」
私が訊く。
父が答えた。
「このときはまだない」
死亡通知が作られる、
二年前。
母は別の方法で、
七人を集めていた。
録音が続く。
ドアが開く音。
走ってくる足音。
少女の声。
『お母さん!』
私は、
呼吸を止めた。
自分の声。
そう思った。
でも。
何かが違う。
十二歳の私の声なんて、
正確には覚えていない。
少女が叫ぶ。
『これ、誰なの!』
紙を叩く音。
母。
『ここで話すことじゃない』
『私のことなんでしょ!』
『違う』
『嘘!』
母が言う。
『あなたは――』
雑音。
少女。
『澪じゃないって言いたいの?』
私は凍りついた。
その言葉。
自分から言っている。
少女は、
自分が水城澪ではない可能性を、
すでに知っていた。
『じゃあ誰なの!』
母。
『お願い、落ち着いて』
少女。
『ひかり?』
沈黙。
『私がひかりなの?』
私は父を見る。
父の顔が青ざめている。
そして。
録音の中。
別の少女の声がした。
遠くから。
『違うよ』
私は息を止めた。
もう一人。
『ひかりは私』
二人の少女が、
同じ場所にいた。
「これ……」
父が呟く。
「この声は」
「知ってる?」
「ああ」
「誰」
父は答えた。
「ひかりだ」
なら。
最初に母へ怒鳴っている少女。
私は?
それとも、
名前のない第三の娘?
録音が続く。
母。
『二人とも、ここから出て』
少女。
『嫌!』
母。
『澪!』
その瞬間。
二人の少女が、
同時に答えた。
『何?』
私は動けなかった。
二人とも、
澪と呼ばれて反応した。
ノイズ。
揉み合う音。
母の声。
『やめて!』
少女。
『触らないで!』
そして。
鈍い音。
階段を転げ落ちる音。
誰かの悲鳴。
録音が途切れる。
私は椅子に座り込んだ。
「二人いた」
誰も答えない。
「母を押したとき」
階段の上には、
私だけではなかった。
もう一人の少女がいた。
そして、
二人とも水城澪と呼ばれていた。
「誰が押したの」
父は、
首を振った。
「見てない」
「三田村さんは?」
「見たはずだ」
三田村。
だから、
私に言った。
――お前じゃない。
あれは、
慰めではなかった?
本当に、
私ではなかった可能性がある。
そのとき、
スマートフォンにメッセージが届いた。
ようやく十七年前まで戻りましたね。
私は画面を睨んだ。
次。
十五年前の記憶は、千佳が作った偽物です。
そして。
本当の質問をします。
一枚の写真。
旧産科病棟の階段。
十七年前。
倒れている母。
階段の上に、
二人の少女。
顔は暗くて判別できない。
でも。
一人が、
もう一人の手首を掴んでいる。
その下。
水城千佳を突き落としたのは、どちらの「澪」でしょう。
私は写真を見る。
十七年前。
私は母を階段から突き落とした。
そう信じて、
ずっと生きてきた。
でも。
本当に母を突き落としたのが、
私だったのかさえ。
もう、
分からなかった。
コメント
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わあ、第53話…ここまで来て、また核心が揺らぐ展開が来るとは思わなかったです。十七年前、十二歳の自分が二人いたって…しかも録音の中で二人同時に「澪」って返事するところ、ぞっとしました。ずっと「私が母を突き落とした」と思って生きてきたのに、それが自分じゃないかもしれない、という疑いが最後の写真で一気に加速する感じ、胸が苦しかったです。三人目の娘の存在も、ますます謎が深まりますね…。続きが気になって仕方ないです。