テラーノベル
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相談室のドアが、控えめに開いた。
「……入っていい?」
日下部が顔を上げる。
「いいよ」
生徒は少しだけ躊躇ってから、中へ入った。
椅子に座っても、すぐには話し始めない。
膝の上で指を組んだり、ほどいたりしている。
「相談、なんだけど」
「うん」
「大したことじゃないかもしれない」
「それ、言う人だいたい大したことあるよ」
軽く返されて、生徒が少しだけ笑った。
けれど、その笑いもすぐに消える。
「友達と二人きりになると……何を話せばいいのか分からなくなるんだ」
「普段は?」
「三人とか四人なら平気。誰かが話してくれるし、話題も勝手に出てくるから」
「二人だと出てこない?」
「うん」
生徒は視線を落とした。
「急に、俺が何か喋らなきゃって思う」
「相手からは?」
「話してくれる時もある」
「じゃあ、ずっと無言ってわけじゃないんだ」
「そう。でも、一回会話が途切れると駄目」
「どうなる?」
「頭の中が一気にうるさくなる」
そこで一度言葉を止めた。
「何か話さなきゃ。何か聞かなきゃ。……でも、何を聞けばいいんだろうって」
「例えば?」
「『昨日何してた?』とか?」
「普通じゃない?」
「でも、聞いたあとに何て返せばいいか分からない」
「相手が『家にいた』って答えたら?」
「『そっか』で終わる」
「それでもいいだろ」
「でも、それじゃ会話が続かない」
生徒の声には、少し焦りが混じっていた。
「会話が続かないと?」
「……俺といても楽しくないのかなって思う」
日下部はすぐには答えなかった。
生徒も、その沈黙を気にしたのか、慌てて付け足す。
「別に、相手が嫌な顔してるわけじゃないんだよ。普通なんだけど……俺が勝手に気にするだけ」
「三人の時は、そうならない?」
「ならない」
「なんで?」
「俺が喋らなくても、誰かが喋るから」
「じゃあ、二人になると?」
「俺が黙ってたら、会話が止まる」
「……それが怖い?」
「うん」
生徒は小さく頷いた。
「三人なら、俺がつまらない人間でもバレない気がするんだ」
その言葉だけ、妙に重かった。
「でも二人だと、全部俺にかかってる感じがして」
「全部?」
「会話を続けるのも、相手を退屈させないのも」
日下部は椅子に背を預けた。
「友達なのに?」
「……友達だから、じゃない?」
「友達って、楽しませる係じゃないだろ」
#一次創作
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#相談部屋
「分かってる」
即答だった。
分かっている。頭では。
けれど、実際に二人きりになると、そんな理屈は簡単に消えてしまう。
「沈黙すると、俺が何かしなきゃって思うんだよ」
「沈黙そのものが嫌なの?」
「たぶん……違う」
「じゃあ何?」
「沈黙したあとに、相手がどう思ってるか考えるのが嫌」
日下部が少し目を細めた。
「『つまらない』って思われてるかもしれない?」
「うん」
「『なんで何も喋らないんだろう』とか?」
「それも」
「『二人でいるの嫌なのかな』とか」
「……そこまで考える」
「飛躍してるな」
「自分でも分かってる」
生徒は苦笑した。
「でも、止められない」
「じゃあ、最初に何を考える?」
「……『沈黙した』」
「それは事実だな」
「次に、『何か話さなきゃ』」
「それは?」
「俺が勝手に決めてる」
「その次は?」
「『何も話せない』」
「それも事実?」
「……その時は、そう」
「で?」
生徒は少し黙った。
「『俺といても楽しくないのかも』」
「それは事実?」
生徒の口が止まった。
「……分からない」
「だろ」
日下部の声は淡々としていた。
慰めるわけでもなく、否定するわけでもない。
ただ、生徒が頭の中で一つにまとめていたものを、順番に分けていく。
「お前、沈黙したことと、嫌われたことを一緒にしてる」
「……」
「本当は別だろ」
生徒は何も言わなかった。
けれど、その沈黙はさっきまでとは少し違っていた。
「じゃあ、沈黙しても気にしなくていい?」
「気にしてもいいんじゃない」
「いいの?」
「気になるものは仕方ないだろ」
「じゃあ、どうすればいいの」
「気になった瞬間に、結論まで行かない」
「結論?」
「『沈黙した』から『俺といてつまらない』まで、一気に飛ばない」
生徒は少し考えてから、ゆっくり頷いた。
「……途中で止める」
「そう」
「『今、会話止まったな』くらい?」
「それでいい」
「でも、やっぱり何か話したくなったら?」
「話せばいい」
「何でも?」
「友達なんだから、そんなに正解探さなくていいだろ」
その言葉に、生徒は少しだけ困った顔をした。
「俺、会話に正解があると思ってたかもしれない」
「正解?」
「これを言えば盛り上がる。この返しなら変じゃない。これなら嫌われない……みたいな」
「そんなの毎回考えてたら疲れるだろ」
「疲れる」
「だから二人きりになると余計に喋れなくなる」
生徒は黙っていた。
言われてみれば、思い当たる。
話題を探しているようで、実際には「失敗しない話題」を探していた。
相手と楽しく話したいのではなく、相手に嫌な顔をされないように話していた。
「……俺、友達と話してるのに、ずっと採点されてるみたいな感じだったのかも」
「誰に?」
「相手に」
「相手、採点してる?」
「してないと思う」
「じゃあ、自分で採点してるんじゃないか」
生徒が顔を上げる。
その表情には、少しだけ苦い笑いが浮かんでいた。
「それ、一番厳しいやつじゃん」
「自分で作った採点基準だからな」
「百点取れない」
「そりゃ無理だろ」
二人の間に、短い沈黙が落ちた。
生徒は反射的に口を開きかけた。
何か話さなきゃ。
けれど、その直前で止まった。
今、話す必要があるのか。
ただ沈黙しているだけではないのか。
そう考えてみる。
「……今も沈黙してる」
「してるな」
「でも、別に変じゃない」
「だろ」
生徒は少し笑った。
「これを友達相手でもできたらいいんだけど」
「最初から完璧にやろうとするなよ」
「またそれ?」
「お前、すぐ百点狙うから」
「……気をつけます」
立ち上がった生徒は、ドアの前で一度振り返った。
「二人きりって、会話しなきゃいけない時間じゃないんだな」
「うん」
「一緒にいる時間なんだ」
「そのくらいでいいと思う」
生徒は今度こそ、少し自然に笑った。
ドアが閉まる。
静かになった相談室で、日下部はしばらくそのドアを見ていた。
二人きりになると、何かを話さなければならない。
沈黙すれば、関係が悪くなった証拠になる。
そんなふうに思ってしまう人は、きっと少なくない。
けれど、本当に怖いのは沈黙そのものではない。
沈黙した瞬間、自分の頭の中で勝手に始まる「嫌われた理由探し」なのかもしれない。
話せない時間があることと、関係が壊れることは同じじゃない。
言葉がない時間にも、ちゃんと一緒にいる時間は残っている。
コメント
1件
第32話読み終わったよ〜〜!!😭💕 日下部先生の「沈黙したことと嫌われたことを一緒にしてる」って言葉、めっちゃ刺さった…!わたしも二人きりになると余計なこと考えちゃうタイプだから、主人公くんの気持ち分かりすぎて泣きそうになった。 「会話の正解を探さなくていい」って言われて、なんかすごく楽になった気がする。一緒にいる時間=沈黙もOKって思えるの、すごく大事だよね。 ruruhaさんの描く人間関係の温度感、いつも優しくて大好きです🌸