放課後の教室。
「なぁ遥、お前って歌うまいんだろ?」
一人がわざとらしく言うと、周りも「そうそう!」「聞きたい!」と声を揃えた。
遥は一瞬戸惑った。
(そんなこと言った覚え……ない。けど、ここでやれば、少しは受け入れてもらえるかもしれない)
喉が乾ききっていたが、震える声で「……別に、下手だけど」と言いながら立ち上がる。
彼の小さな希望を踏み潰すように、数人が机をどけて「ステージ」を作る。
スマホを構え、スポットライトのつもりでライトを照らす。
「よっ、スター登場!」
「盛り上がってまいりましたー!」
遥の顔は真っ赤に染まる。
歌うか、歌わないか――その選択肢は、すでに奪われていた。
震える声で歌い出す。
最初の数音から笑い声が起きる。
裏返った声を真似され、歌詞を茶化され、机を叩いてリズムをずらされる。
それでも遥は止まらなかった。
――笑われてもいい。最後までやりきれば、少しは。
汗が額を流れ落ち、声は震えながらも必死に続ける。
しかし、歌が終わった瞬間。
拍手は起こらず、代わりに冷たい声が飛ぶ。
「やっべー、下手すぎ」
「音痴なのに必死すぎて逆に笑えるわ」
「マジで恥さらし」
遥は小さく「……ごめん」と呟いた。
その瞬間すら切り取られて、動画に残されていく。
善意でも努力でもない。
ただ、存在そのものが笑いのネタにされる。
それが、彼の日常の「利用」の形だった。
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