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放課後の体育館は、普段の授業とは違う異様な空気に包まれていた。クラスの数人が勝手にルールを作り、遥を標的にした“鬼ごっこ”を始めると言い出した。誰もが笑いながら、遥の動きを制御し、無理やりゲームの駒にする。
「おい、遥、今度は鬼な!」
声に出さずとも、目配せや手招きで合図を送る。逃げれば追いかけられ、捕まればさらに罰ゲーム。遥は小さく息をつき、必死に走った。体力も限界に近いが、止まればさらに笑い者になる。
捕まった瞬間、手足を押さえつけられ、持っていたボールを投げつけられる。大きな音と痛みが、周囲の笑い声と一緒に身体に突き刺さる。床に叩きつけられ、息を整えようとする間もなく、次の命令が飛ぶ。
「次は腕立てだ! 数が足りなければ追加ね」
数えられた回数をこなすうち、腕は震え、呼吸は荒くなる。観客たちは手を叩き、面白おかしく声を上げる。必死にこなす遥の姿は、彼自身が思っていた“頑張る意味”とはまったく逆の方向に利用されていた。
休む暇もなく、今度は誰かが机や体育器具を並べ、障害物競走のように指示を出す。遥は転ばぬよう、痛みをこらえながら進む。小さな不注意も即座に笑いに変わる。転べば罵声、転ばなければ「我慢してるだけ」と嘲笑される。
途中、ふと足を止めると、後ろで誰かが囁いた。
「疲れてるんだろ?でも逃げられないんだよなぁ」
言葉の意味が、遥の胸を刺す。努力も、必死さも、全てはこの場の楽しみのために消費されるだけだ。自分の意思や希望は、誰にも届かない。
気づけば全身が汗で濡れ、手足には小さな傷がいくつも刻まれていた。心は、やめたいと思いながらも動き続けなければならない状況に押し潰されそうになる。
そして最後の罰ゲーム。周囲がスマホを構え、勝者たちがルールを決める。遥は膝をつき、息を荒げ、ただ命令に従うしかない。小さな声で「はい……」と返すたびに、嘲笑が飛び、彼の存在そのものが笑いの対象に変わっていく。
その日、家に帰る途中、肩を叩かれる感覚すら恐怖に変わった。放課後の“ゲーム”で受けた痛みや羞恥は、肉体だけでなく精神にも深く刻まれ、遥は自分が何者かも分からなくなる感覚に陥る。必死で応え、頑張ったことは、すべて他者の娯楽に変換されてしまったのだ。
自宅のドアを開けても、痛みと羞恥は体から離れず、鏡に映る自分の姿は、逃げ場のない現実を突きつける。今日一日の“遊び”は終わった。しかし、心の奥底で、また次の標的になる自分を想像して、遥は小さく震えるしかなかった。