テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
#和風ファンタジー
#伝奇
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
つい数十分前のアンディーと同一の存在だとは、到底信じられない異形の姿だった。
それは誰の目から見ても怪物そのものだった。最初からこの姿だったのなら、うちも決して近づくことはなかっただろう。
だけど……。
「助けて、キミカちゃん! アンディーの、アンディーの身体がおかしいです!」
子どもが泣き叫ぶような声が頭の中で響く。
それに弾かれるようにして――思わずうちは怪物と化したアンディーに手を伸ばしていた。
ガアッ、とアンディーが吠えた。怒りに満ちた咆哮だった。
爪の生えた前足でうちの身体を押し倒し、その大きな体で覆いかぶさって来る。
そして、うちの肩に重く焼きつけるような激痛。
アンディーに噛みつかれたのだ。
文字通り、肉が穿たれる痛みに全身がひきつり、悲鳴すらあげられない。
皮膚が血管が引き裂かれ、ビチャビチャと湿った音を立てて大量の血が地面に吸い込まれてゆく。
「どうして? どうしてパパはトムとジェリちゃんに痛いことしますか?」
アンディーは泣いていた。
飼い主である東雲さんと同じようにその瞳に鬼火を宿して。
やっぱり、とうちは思った。
アンディーは自分の身に何が起きたのか、全く理解できないまま殺処分されてしまったんやな、と。
当たり前と言えば当たり前だ。
アンディーは人間に近すぎたとは言え、その本性は無垢な動物。
人間の善悪など理解できるはずもない。
嬉しければ人間に向かって尻尾を振り、空腹になれば餌をねだる。機嫌が悪ければ唸り声をあげ、自分の身に脅威が迫っていると感じれば噛みつく。
ただ、それだけだ。
うちの肩を上下の顎で挟んだまま、アンディーがすすり泣くような声で鳴いた。
犬が悲しい時に出す、あの胸を締め付けるような切ない鳴き声だ。
……かわいそうなことをしてしまった。
全部、うちが悪い。神様に言われた通り、まっすぐアンディーを童ノ宮うちが余計なお節介をしたせいで、この子をこんな化け物に変えてしまったんや。
血が喉に絡まり、うちは激しくせき込む。息が詰まり、気が遠くなる。
意識が途絶える前にうちはアンディーに謝りたいと思った。
だから、うちは片手をあげて、アンディーの鼻面を撫でようとして……。
オン アロマヤ テング スマンキ ソワカ。
オン ヒラヒラ ケン ヒラケンノウ ソワカ。
真言――唱え事をする声が聞こえた。
もちろん、声の主はうちじゃない。
と、ヒュンという空気を裂く音が聞こえた。
次の瞬間、うちの肩を万力のような力で挟んでいた顎が離れ――、アンディーの身体が空中に浮かび上がった。
いや、違う。
浮かび上がったわけやない。縛りあげられ、吊るしあげられているんや。
夕映えの中、黒い糸のようなものがアンディーの身体の周りに張り巡らされている。
緻密な幾何学模様を描いたそれは巨大な蜘蛛の巣に似ていて。
「コウちゃん!」
肩からあふれる血に頬をよごしながら、うちは叫んでいた。
庭の入り口に従兄弟が、――塚森コウが立っていた。
端正だけど古傷だらけのその顔は空恐ろしくなるほどの無表情。
右手に掲げるようにしてコウが持っているのは髑髏だった。
金箔が貼られ、呪術的な模様がびっしりと描きこまれた人の頭蓋骨。
黒い糸は髑髏の眼窩から溢れ出るようにして吐き出されていた。
お父さんから聞いたことがある。
外法頭。それは塚森家に古くから伝わる強力な呪物であり、それを操るための外法の術の名前。非業の最期の遂げた人間の遺骸とそこに宿る無念を利用してこしらえ、呪詛打ちを行うそうだけど、うちも実際にこの目で見るのは初めてだった。
そして、お父さんから聞いた通りなら。
あの外法頭はコウのお母さん――、塚森サヤカさんの頭蓋骨と言うことになる。
空中に吊るされたアンディーにコウの視線が向けられる。
その瞳にはいかなる感情、怒りや悲しみ、憐れみはもちろん、獲物を捕らえたという喜びさえも感じられなかった。
コウの瞳にあったのは虚無。
ただ真っ暗な闇だけがどこまでも広がっているだけ。
「お願いやからやめて! そんなこと、せんといて!」
その空っぽさに心底ゾッとするのを覚えながら、うちは叫んでいた。
コウが何をする気なのか、手に取るようにわかったから。
「この子のことはうちが……! 神様に連れておいでって……!」
「知るか」
返って来た応えは、短く冷たかった。
と、外法頭を掲げた手と反対側の手をグッとにぎりしめ、そのまま下に引き下ろすような仕草を見せる。
うちはアンディーを見た。
アンディーもうちを見ていた。悲しそうに。
涙のたまった瞳でアンディーはうちを見ていた。
次の瞬間、コウの掲げ持つ外法頭から目には見えない電流にも似たエネルギーが流れ込み――アンディーの姿は消えていた。
特撮ドラマみたいに派手な爆発も花火が撃ち上がるのもなし。