そして土曜日になった。
杏樹は起きてからソワソワしている。ドライブデートなんて久しぶりなので何を着ていいのかわからない。
(海って結構風が強いからスカートだと捲れちゃいそう)
そう思った杏樹はお気に入りのロングワンピースにレギンスを合わせてみた。しかしなんだかメリハリがなく子供っぽく見える。
(下手したら妊婦に間違えられそう……)
杏樹はガックリ肩を落とすと今着たばかりのワンピースを脱ぎ捨てた。
(まあ初デートって言ってもよく知っている上司でお隣さんだもの…普通でいいか)
杏樹はもう考えるのが面倒になりジーンズで行く事にした。
細身のネイビーのジーンズに白のカットソー、それにレモンイエローのロングカーディガンを羽織る。
レモンイエローは杏樹に似合う色だ。
(アクセサリーはどうしよう)
杏樹が持っているアクセサリーはほとんどがゴールドのものだった。
若い女性にはホワイトゴールドやプラチナのシルバー色が人気だが杏樹は昔からイエローゴールドが好きだった。
杏樹は宝石箱の中から自分で買ったネックレスを手に取って眺める。
そのネックレスは華奢なゴールドの鎖にアクアマリンのペンダントヘッドがついたものだ。
(よし、これにしよう)
杏樹はそれを首に着けた。
アクアマリンの淡いブルーがレモンイエローのカーディガンによく映えた。
服装が決まると今度は身支度を始めた。
肩よりも長いストレートヘアは毛先を緩くカールさせる。
メイクは優弥お好みのナチュラルメイクをいつもよりも丁寧に施しグロスを少し多めにつける。
最後にラベンダーの練り香水を手首と耳元につけて準備は終わった。
10時ちょうどにインターフォンが鳴ったので杏樹はバッグとコートを手にして玄関へ向かった。
もちろん今日サヨナラする予定の指輪もしっかりとバッグに入れている。
杏樹がドアを開けると優弥が立っていた。
優弥は杏樹と同じネイビーのジーンズを履きVネックの黒のカットソー、そしてその上にはグレーのパーカーを羽織っていた。
Vネックの襟元には黒い革紐にぶら下がったシルバーのキーリングのネックレスが光っている。なんともお洒落だ。
優弥のあまりにも麗しい姿に思わず杏樹はクラクラする。
そこへウッディアロマベースの爽やかな香りが鼻を突いたので杏樹はへなへなと崩れ落ちそうになる。
(ま、まずい……どうにかなりそう……)
杏樹が必死に平静を保とうとしていると優弥が口を開いた。
「おはよう。晴れてよかったな」
「お、おはようございます」
杏樹は靴を履くことに集中してなんとか平常心を取り戻した。
そして靴を履きながら思う。
(もうちょっと女らしい格好をすればよかったかな?)
しかし後悔してももう遅いのでそのまま外へ出て鍵を閉めた。
「じゃあ行こうか」
優弥が歩き出したので杏樹は後をついていく。
二人でエレベーターへ乗った所で杏樹が聞いた。
「車は地下駐車場ですか?」
「うん」
そこで杏樹は以前優弥に聞いてはっきりとした回答を得られなかった事をもう一度聞いてみる。
「失礼な事をあえてお聞きしますが副支店長は銀行のお給料だけでどうしてこのマンションを買えたのですか? 副支店長のお部屋はこのマンションの中でも最上級のグレードですよね?」
優弥はその質問に「おや?」という顔をする。
「ま、そりゃ疑問に思うわな。実はさ、祖父が亡くなった時に財産を受け継いだんだよ」
そこで杏樹は更に疑問に思う。杏樹は仕事柄窓口で相続の相談を受ける事があるので相続について多少の知識はあった。
遺産を相続出来る法定相続人は子供のはずだ。孫は法定相続人にはなれない。
「え? 孫だと相続出来ないんじゃ?」
「普通はね。でもうちは俺が祖父の養子になったんだ」
「えっ? そんな事ってあるんですか?」
「まあ多くはないけどたまにあるみたいだよ。うちの母は一人っ子だったから普通だったら財産は母に行くんだけど祖父がどうしても男の孫にってね。で、うちは男ばかりの三兄弟だから俺が祖父に選ばれて養子になったって訳」
「なるほど……」
そんなパターンもあるのかと杏樹は思う。
そこで地下駐車場に着いたので二人はエレベーターを降りて歩き出す。
優弥の車は黒のセダンの国産高級車だった。車は汚れ一つなくピカピカと輝いている。
(あ、この車、正輝が欲しがってた車だわ)
杏樹は昔デート中に正輝が自動車販売店へ寄りこの車のカタログをもらっていたのを思い出した。
価格がかなり高めなので結局正輝は買う事を諦めたが、優弥はマンションと同時にこんな車も持っているのだから凄い。
(同じ会社に勤めていて二人の歳は3歳しか違わないのに雲泥の差ね……)
思わず杏樹はため息を漏らす。
その時優弥がドアを開けてくれたので杏樹は助手席に座った。社内にはまだ新車の香りが漂っている。
高級な革張りシートはとても座り心地が良く正輝の車とは全然違った。
そこで優弥が運転席へ乗り込み車はスタートした。
運転しながら優弥が先ほどの話の続きを始める。
「祖父から受け継いだ財産って言ってもほとんどは田舎の広大な土地と山なんだ。ただラッキーな事にその土地の一部が高速道路の建設予定地になってね、それで行政に買い取ってもらったんだ。あとは国道に面している土地を整地してからドラッグストアやホームセンターに貸したりしているんだ」
「へぇ…なんか凄いですね」
「俺は学生時代から投資をやってたんだけど銀行員になったと同時にやめていたんだよ。ほら、銀行員は株とかやっちゃいけないだろう? でも相続した不動産をいじる分には自由だし利用価値を考えてあれこれ投資するのが今は凄く楽しいんだ。ちなみに都内には他にも数件の区分マンションを所有しているんだ、で賃貸に出している」
杏樹は更に驚いた。もしかしたら優弥の不動産収入は銀行員の給料よりも多いのではないだろうか?
「じゃあ副支店長はもう働かなくても食べていけるじゃないですか」
「そうかもしれないけれど、俺は銀行員の仕事が好きだからなぁ、辞めるつもりはないよ」
優弥は微笑んで言った。
(副支店長、銀行の仕事好きなんだ……)
そう思いながら杏樹が窓の外を見ると車は高速のインターを入って行った。
「ところで海ってどこの海に行くのですか?」
「湘南……と言いたいところだけれど今日は混んでそうだからなぁ……三浦半島の方へでも行ってみるか?」
「三浦半島?」
「行った事ある?」
「昔一度だけ、電車でですが。大学の友人達とマグロを食べに行きました」
「三崎港?」
「そうです」
「じゃあ今日の昼はマグロ料理にするか」
優弥はそう言うと軽快にアクセルを踏み込んだ。
コメント
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全てがスマートなゆーやさん。海デート楽しみ💖
どれをとっても正樹より上を行く優弥さん。イイよね〜(*^^*) もう杏樹ちゃん、大好き♥️って認めようよね❤( *´艸`)❤
相続した土地などを有効活用して収入にするのは流石だわ。 ますます正輝がちっちゃい奴だと思えてしまう。 できる男は何をしてもそつがないよね🎵