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翌日、しずくシェルターの前庭は、朝から妙ににぎやかだった。
原因はヌバーである。
「はいはい、遠慮は損です。誘ってるんですけど。ちゃんと来てよ」
両手を大きく振りながら、彼は通りがかる若者を片っ端から呼び止めていた。隣ではハルティナが名簿を持ち、笑顔で逃げ道をふさいでいる。
「何してるんだ」
サベリオが聞くと、ヌバーは誇らしげに胸を張った。
「新企画。橋の上から本音を叫ぶ会」
「雑すぎる説明」
「雑なくらいでちょうど人は集まる」
ハルティナが名簿をめくりながら補足する。
「祭りの余興に使えないかなって。願いごとでも、文句でも、将来の自分へのひとことでも」
「それ、誰が言い出したの」
「もちろん僕です」
ヌバーは即答した。
「タイトルは今のところ『誘ってるんですけど』」
「それ企画名じゃなくて口癖だろ」
「覚えやすさ重視です」
その間にも、人が増えていく。モルリが屋台の仕込みの手を止めて見に来て、リヌスが面白がって友達を連れてきた。半分は冷やかし、半分は本気。そういう町の空気をヌバーはよく知っている。
橋のたもとに簡易マイクが置かれ、デシアが少し離れて録音準備をする。彼女の目が久しぶりにわかりやすく輝いていた。
最初に声を上げたのは、パン屋の手伝いをしている少年だった。
「将来の俺ー! 朝寝坊やめろー!」
下から笑いが起きる。本人も照れて頭をかく。
次は、学校帰りの少女が両手を口に当てて叫んだ。
「私の黒歴史ノート、誰にも見つかるなー!」
さらに笑いが広がる。ヌバーは腹を抱え、ハルティナは「切実」と真顔でメモしていた。
だが、三人目の声から空気が少し変わった。
「父ちゃん! 店、継ぐかまだ決めてないけど、逃げてるわけじゃないからなー!」
橋の上でそう叫んだ青年の声は、笑いのあとに少しだけ静けさを残した。誰もが冗談だけではないとわかる。
デシアは録音機を握る手に力をこめた。
「いい」
小さくもれたその声に、サベリオは横を見る。
「そんなに?」
「うん。飾ってない」
「叫んでるだけだけど」
「だからいいの」
次々と声が重なる。
「将来の自分、逃げるなー!」
「母ちゃん、見栄張らなくていいぞー!」
「うちの犬、長生きしろー!」
笑ってしまう内容なのに、どれも妙に胸へ残った。大きな夢ではなくても、ここで暮らす人間の体温がそのまま声になっている。
ハルティナが橋の下から叫ぶ。
「次、サベリオ!」
「は?」
「見学だけなんてずるい」
ヌバーもすかさず乗る。
「誘ってるんですけど!」
周りが一斉に囃し立てる。逃げ道はなかった。サベリオは観念して橋の中ほどまで歩く。春の風が頬に当たり、手すりの向こうで川が光った。
何を言えばいいのかわからず、口を開いたまま立ち尽くす。
言葉にしたくないことばかりが胸にある。けれど下では皆が待っていて、デシアも録音機を向けていた。
サベリオは深く息を吸った。
「……七日後の俺!」
思わず出た言葉に、自分がいちばん驚く。
「ちゃんと間に合えー!」
一瞬の沈黙のあと、橋の下がどっと湧いた。
「何にだよ!」
「説明不足!」
「それ絶対大事なやつ!」
笑い声の中で、デシアだけがサベリオをじっと見ていた。その目はおかしがるより先に、何かを受け取った顔をしている。
叫びの会は夕方まで続いた。終わるころには、前庭にいた全員の頬が少し赤かった。大声を出したせいか、笑いすぎたせいか、それとも、心の奥にしまっていたものが少し外へ出たせいか。
デシアは録音機を抱え、満足そうに言う。
「これ、使える」
「余興として?」
「ううん。もっと真ん中に」
その一言で、祭りの形がまた少し変わり始めるのを、サベリオは感じた。
#死に戻り