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日が暮れたあと、サベリオはサラに呼び止められた。
しずくシェルターの裏手にある縁台には、湯気の立つ薄いお茶が二つ置かれていた。夜気は冷えるが、木の座面には昼の名残のぬくもりが少しだけ残っている。
「座って」
サラはそう言うと、自分は先に腰かけた。押しつけるふうではないのに、断りにくい声だった。
サベリオも隣へ座る。湯呑みを持つと、指先にじんわり熱が戻ってくる。
「見てたよ」
サラが言った。
「今日の叫ぶ会」
「変な企画だったでしょ」
「変だった。でも、あなたの顔がいちばん変だった」
最近、皆それを言う。サベリオは苦笑するしかない。
「そんなに?」
「ええ。叫ぶ前の人の顔じゃなかった。倒れる前の人の顔」
サラの言葉はやわらかいのに、逃げ場がない。
彼女は庭の暗がりを見たまま続けた。
「あなたね、人を助ける時だけ少し呼吸が楽そう」
「……」
「普段は、ずっと胸を締めてるみたいなのに」
サベリオは湯気の向こうで目を伏せた。図星だった。誰かの荷物を持ったり、屋根を直したり、走って危ない場所へ先に行ったり。そうしている間だけ、自分のことを考えなくて済む。
「悪いことじゃないよ」
サラが先に言った。
「助けてもらってる人もたくさんいる。でもね、それだけで動いてると、自分がどこにいるのかわからなくなる」
「どこにいるか?」
「気持ちの置き場所」
サベリオは言葉をなぞるように黙った。
サラは湯呑みを両手で包み、少し笑う。
「自動操縦ってあるでしょう。慣れた道を歩くみたいに、考えなくてもできる動き」
「あるね」
「あなたのやさしさ、たぶんそれに近いの」
その表現が、胸の奥へ冷たく沈んだ。
「困ってる人を見たら助ける。空気が悪くなったら埋める。誰かが夢を追うなら支える。立派だけど、全部とっさにやってる」
「だめなのかな」
「だめじゃない。でも、自分が何をしたいかを置いたままだと、いつか息切れする」
サベリオは返事をしなかった。できなかった、のほうが近い。
自分が何をしたいか。そう聞かれるたび、胸の中は霧がかかったみたいになる。デシアを支えたい、皆を守りたい、事故をなくしたい。それは本当だ。けれど「自分がどうしたいか」だけになると、急に言葉がなくなる。
「ねえ」
サラが横目で見る。
「助けることって、逃げ場にもなるのよ」
「逃げ場」
「自分のことを言わなくて済むから」
湯気がふっと揺れた。遠くでドアが閉まる音がする。いつもなら聞き流すだけの生活音が、今日は妙に大きい。
サベリオはようやく口を開いた。
「……自分のこと言うの、苦手なんだ」
「知ってる」
「知ってたんだ」
「見てればわかる」
サラは笑ったあと、少しだけ真面目な顔になった。
「苦手でも、なくしちゃだめ。いざって時に、自分の願いが空っぽだと、最後の一歩が出ないから」
最後の一歩。その言葉が、なぜか零時十三分の鐘と結びついて胸に残る。
サベリオはお茶を飲み干した。もうぬるくなっていたが、それでも胃のあたりが少し落ち着いた。
自動操縦のやさしさは、たしかに人を救う。けれど、それだけでは朝までたどり着けないのかもしれない。
そんな予感だけが、夜の空気より冷たく残った。
#成り上がり
#死に戻り
#ハッピーエンド
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