店内へ入ると、二人は日本庭園が見渡せる窓際の席へ案内された。
店は古民家を移築して造られたようで、天井付近には長い年月を耐えてきたりっぱな梁がむき出しになっていた。
畳の上にアンティークテーブルを配置したとてもセンスの良い和モダンの店内は、どこかどこか懐かし雰囲気を感じる。
優羽は今までこんな素敵な店には入った事がなかったので、とても感動していた。
そしてこんな素敵な店へ通い慣れている様子の岳大を大人に感じる。
しかし二人の年齢は一回り以上も離れているので、それも当然の事かもしれない。
席に着いてメニューを見ながら岳大が言った。
「僕が選んでもいいですか? ここのはどれも美味いから間違いないと思いますよ」
「お任せします」
岳大は早速スタッフを呼び豆腐懐石のコース料理を注文した。
優羽が窓の外を見ると、ライトアップされた美しい日本庭園が見えた。
イロハカエデやケヤキなどの落葉樹、そして椿やシロヤマブキなどの木々が植えられた庭には小さな池もあった。
本格的な秋が来たらきっと美しく色づくだろう。
都会の中心にこんな素敵な場所があるなんて優羽は今まで知らなかった。
だから今日この場所に連れて来てくれた岳大に対し感謝の気持ちでいっぱいだった。
しばらくすると料理が運ばれて来た。
豆腐料理専門店の懐石のコースは、胡麻豆腐に湯葉、揚げ田楽等の豆腐料理から始まった。
その後はお造りや季節の野菜の天ぷら、煮物など、どれも上品な味付けでとても美味しく見た目も美しかった。
優羽が幸せそうに食べているのを見て、思わず岳大の頬は綻ぶ。
それから二人は美味しい食事を楽しみながら、仕事の話で盛り上がった。
食事を終えると最後にデザートのシフォンケーキが出て来たので優羽が喜ぶ。
「昨夜もアップルパイを食べたのに今夜もシフォンケーキ! 太っちゃうけれど美味しそうだから食べます!」
優羽がそんな事を言ったので岳大は声を出して笑った。
今夜の優羽も、母親ではなく一人の女性としての自然な笑顔を見せている。
岳大がカメラを持って来ればよかったなと思うほど、優羽はとても素敵に笑った。
二人が食後のコーヒーを飲んでいると、優羽が言った。
「今日はこんな素敵な所へ連れて来て下さり本当にありがとうございます。東京での最後の夜に良い思い出ができました」
「いや、長野から無理して出て来ていただいたのでこのくらいはさせてもらわないと。優羽さんに仲間に加わっていただいて本当に助かっているんです。これからも頼りにしていますのでよろしくお願いしますね」
岳大はニッコリ微笑む。
「そんな、私の力なんて微々たるものです。こちらこそお仲間に入れていただいて本当にありがたく思っています。私、長野に帰ったらこういったお仕事にはもう縁はないだろうと諦めていました。そこへ、佐伯さんがチャンスを下さったので本当に感謝してもしきれないです」
「いや、僕は何もしていませんよ。これは優羽さんが自分の手で掴み取った仕事なんです。山荘での結婚式でまさかあんなに素敵に花嫁さんを変身させるなんて想像もしていませんでしたからね。だからこれは君の努力の成果なんです。小さな事にも真剣に取り組んだ君の努力の結果なんです」
岳大の重みのある言葉に、優羽は思わず胸がジーンとしていた。
その後二人は店を出た。
庭園の石畳を降りながら優羽が空を見上げると、星はまったく見えなかった。
「東京は、本当に星が見えませんね」
優羽がそう呟くと岳大も空を見上げた。
「信濃大町の空は本当に奇跡ですよ。毎日あの星空が眺められるなんて羨ましい限りです」
その時優羽は東京に住んでいた頃を思い返していた。
あの頃は毎日必死で夜空を見上げる余裕などなかった。そして今優羽は再び東京の空の下にいる。
しかしその空には、やはり星は全く見えなかった。優羽はその事実に少し物足りなさを覚える。
てっきり駐車場に向かうものだと思っていた優羽は、岳大が店の門を出て反対方向へ歩き出したので不思議に思う。
その時岳大が振り返って言った。
「せっかくだから上まで行ってみましょう。まだ閉館までには時間がありますから」
岳大はそう言って東京タワーを指差した。
「はいっ!」
優羽は満面の笑みを浮かべると岳大の後を追った。
コメント
3件
東京には空がないと智恵子が言った。じゃいけど東京では星は見えないか😓😓😓
岳大さん。デートプランをたてていたのかしら?
岳大さんの一挙一動と言葉が胸に沁みます✨ なんて優しい人なんだろう,自然を相手にしてると心も穏やかになるんでしょうか❣️ 優羽ちゃんも岳大さんの優しさと懐の深さが心地よさげで過去と今の東京の空🌌が大きく違って見えてステキな思い出がたくさんですね🥰💏✨