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夜勤の二日後、瑠璃子は朝からの勤務だった。

いつものように病院の駐車場へ車を斜めに停めるとロッカールームへ向かう。

その直後医局に入って来た大輔は窓際でコーヒーを淹れながら瑠璃子の車が停まっているのを見つける。


(今日は彼女も日勤なんだな)


そう思いながらゆっくりとコーヒーを一口飲んだ。



瑠璃子が5階のナースステーションへ行くと先輩の木村が笑顔で近づいて来て言った。


「田辺さんの意識戻ったんですって。岸本先生の手術成功したみたい」

「本当ですか? 良かったー」


瑠璃子は心から安堵する。


患者の田辺は瑠璃子が東京から来たばかりだと知るといつも瑠璃子に優しくしてくれた。そして市内の事をあまりよく知らない瑠璃子におすすめの場所をいくつも教えてくれた。

東京からわざわざ自分の故郷である岩見沢へ移住してきてくれた事がよっぽど嬉しかったのだろう。田辺は瑠璃子に向かっていつも「ずっとここにいなさいよ」と言っていた。

とにかく田辺はいつも父親のように接してくれる本当に優しい患者だった。

今は高度治療室に入っているのでまだ面会は出来ないが一般病棟へ移ったらお見舞いに行こう…瑠璃子はそう思った。


その日の昼休み、瑠璃子はいつものように裏庭のベンチで弁当を食べていた。

日一日と気温は低下している。ここで弁当を食べられるのは今月いっぱいかもしれないと瑠璃子は思った。

その時、電源を入れたばかりの携帯が鳴った。


(誰だろう?)


携帯に表示されている名前を覗き込むと、そこには『中沢』という文字が浮かび上がっていた。

瑠璃子は頭が真っ白になったが携帯の音は鳴り続けている。身体を動かせずに硬直したまま携帯を見つめているとやがて着信音は止まった。

瑠璃子はかなり動揺していた。心臓がドキドキと高鳴り額に脂汗が滲んでいる。


そんな瑠璃子の様子を裏庭に入って来たばかりの大輔が見ていた。


瑠璃子は震える手で携帯の電源を切るとポケットへしまう。そしてなんとか平常心を取り戻そうと努力した。

呼吸を整え少し落ち着いたところで弁当を食べる事に集中する。

その時声が響いた。


「隣、いいですか?」


瑠璃子がビクッとして顔を上げるとそこに大輔がいたので驚く。

しかしすぐに返事をした。


「もちろん、どうぞ」


今日は大輔も弁当を持っていた。病院の売店で買った弁当のようだ。

大輔は瑠璃子の隣に腰を下ろすと早速弁当を食べ始めた。


先ほどの衝撃的な出来事を少しでも早く忘れたくて瑠璃子はあえて自分から話しかけた。


「田辺さん、手術成功して良かったですね」

「うん。かなり危ない状態だったけど田辺さんは若くて体力もあったから良かったです」

「田辺さんも凄いけれど先生も凄いです。あんなに長時間の手術をなさって」

「いや、僕は結構ギリギリ限界でした。もうちょっと身体を鍛えないと…」


そう言って大輔は微笑んだ。

その顔を見た瑠璃子が突然叫ぶ。


「先生、今笑った!」

「ハハッ、デスラーも時には笑うんですよ」


大輔がすました顔で言ったので今度は瑠璃子が声を出して笑い始める。

大輔は自分が『デスラー』と呼ばれている事を知っているようだ。


「先生はいつも一言か二言しか言わないのに今日は文章になってますよね?」


そう瑠璃子が茶化すと、


「ハハハ、参ったな」


大輔ははにかんだ顔をして言った。

その控えめな笑顔を見た瑠璃子は、大輔の笑った顔は素敵だなと思った。


そこで今度は大輔が瑠璃子に聞いた。


「もう岩見沢市内は見て回った?」

「いえまだ……なかなか余裕がなくて。先日ワイナリーの方には行ってみましたが前を通っただけで……」

「じゃあ今度休みが一緒の日にドライブにでも行きませんか? 案内しますよ」


瑠璃子はびっくりして目を見開く。

その反応を見た大輔は焦ってこう付け加えた。


「いや、ほら…運転…駐車場で? いつも派手にはみ出して停まってるよね? だからドライブがてら運転の練習でもどうかなーと思って」


それを聞いた瞬間瑠璃子が激しく反応する。


「ひどーい、どうせいつも曲がって停まってますよーだ」

「いや、でもあんなに斜めだと隣の人が不安でしょう?」

「もっとひどーい!」


瑠璃子が抗議すると大輔は声を出して笑った。

そして瑠璃子も釣られて笑う。


そこで瑠璃子は親切に言ってくれた大輔申し出を有難く受ける事にした。

その後二人は連絡先を交換した。


「あっ、もう昼休みが終わっちゃいます。ではお先に」


瑠璃子は慌てて弁当箱を片付けるとバタバタと院内へ戻って行った。

後に残された大輔はしばらく秋晴れの青空を仰ぎ見ていた。



その後医局へ戻った大輔はコーヒーをカップに注ぎながら無意識に鼻歌を歌い始める。

ちょうどその時院内拡声器の玉木が午後の外来リストを持って医局へ入って来た。

入った途端大輔が鼻歌が聞こえたので玉木はギョッと驚いた顔をする。

そしておそるおそる大輔に近づくと声をかけた。


「岸本先生、午後からの外来のリストです」

「ああ、ありがとう」


大輔がニッコリと笑って受け取ったのでそこでまた玉木の表情が凍り付く。


「しっ、失礼します」


玉木はお辞儀をして医局を出ると猛ダッシュでナースステーションへ戻った。

そして仕事をしている同僚達に向かって叫ぶ。


「デッ デッ デスラーがっ! はっ はっ ハナウタをっ……」


同僚達は一斉に玉木を見てから「何を言っているの?」という顔をする。


「だからっ、デスラーが鼻歌を歌っていたのっ!」


玉木がはっきり言い直すとそこにいた同僚達が一斉に声を上げた。


「「「えええーーーっ!?」」」


ナースステーションは大騒ぎになった。



その頃大輔はコーヒーを飲みながら瑠璃子をどこへ連れて行こうかと悩み始める。

パソコンで市内のワイナリーを検索していると医局へ入って来た長谷川がそれに気付いて言った。


「あれー? 大輔君おデートですかぁ?」


長谷川は思い切りとぼけた声を出して大輔をからかう。

その言い方にムッとした大輔は言い返した。


「先輩、後輩のプライベートは詮索しないで放っておいて下さい」

「ハハッ、まあ人生においても恋愛においても私は君よりも先輩だ。だから何かわからない事があったらいつでも遠慮なく聞いてくれたまえ!」


長谷川は楽しそうに笑いながら午後からのカンファレンスへ向かった。

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