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ドアが半分だけ開いて、ノックが遅れて聞こえた。
「……開いてるぞ」
「知ってる。確認」
そう言いながら、相談者は入ってくる。
顔はいつも通り。むしろ機嫌よさそうに見える。
「今日、元気そうだな」
「それ言われるの嫌な日」
「だと思った」
蓮司は机に肘をついたまま、視線だけ向ける。
「で?」
「……で、って雑すぎない?」
「前置きいらなそうな顔してる」
「顔で決めるなって」
「判断材料だから」
椅子に座ると、相談者は少し間を置いた。
「なあ」
「うん」
「俺さ、
ちゃんと傷ついてると思うんだけど」
「思う、って言い方が不穏」
「自覚はある。でも――」
言葉を探すように、指先が机を叩く。
「誰にも、そう見えない」
「いつものやつだな」
「“強いね”“余裕そう”“大丈夫そう”」
「全部地雷ワード」
「踏まれすぎて原型ない」
軽口。でも、声は少し低い。
「本当はさ、
普通にしんどい」
「うん」
「でも“しんどい顔”が分からなくなった」
蓮司はそこで初めて、ちゃんと顔を見る。
「それ、結構やばい」
「だよな」
相談者は笑った。
「でもさ、今さら
急に弱ったら変じゃん」
「“今さら”出た」
「だって今まで、
何もないみたいに振る舞ってきたし」
「それが上手くなりすぎた」
「そう」
沈黙。
蓮司はペンを回す。
「なあ。
“平気な顔”って、便利だと思う?」
「思ってた」
「過去形なのが答えだ」
「……」
「それ、
周りのために被ってるうちに、
自分の皮膚とくっつく」
「剥がれないやつ」
「無理に剥がすと血出る」
相談者は眉をひそめた。
「それ、怖い例え」
「現実だ」
軽く肩をすくめる。
「助けを呼ぶタイミング逃すやつ、
だいたいこれ」
「じゃあどうすりゃいい」
「派手に壊れないこと」
「雑」
「本気」
蓮司は机を指で叩く。
「急に“限界です”とか言う必要ない」
「でも言わないと伝わらない」
「“伝える”と“壊れる”は別」
少し間を置いて。
「“今日、余裕ない”
それで十分な日もある」
「弱すぎない?」
「十分強い」
「基準おかしくない?」
「お前基準に合わせてる」
相談者は視線を落とした。
「……俺さ」
「うん」
「助けてって言う前に、
“迷惑かも”が出てくる」
「それはもう、
相当ちゃんと育ったな」
「褒めるな」
「皮肉だ」
息を吐く。
「“平気な顔”を続けてると、
周りは安心する」
「俺は消耗する」
「そのズレが一番危ない」
蓮司は淡々と言った。
「本当に限界来た時、
誰も異変に気づけない」
「……」
「だからな」
少しだけ声を落とす。
「“まだ壊れてない今”の方が、
実は助けを呼びやすい」
「逆だと思ってた」
「みんな逆に思う」
相談者は苦笑した。
「じゃあ俺、
今どのくらい?」
「……七割」
「微妙」
「でも戻れる」
「戻れるならいいか」
立ち上がる。
「なあ」
「何」
「平気な顔、
ここでは外していい?」
「むしろ置いてけ」
「盗まれない?」
「誰も欲しがらない」
「ひど」
でも、少しだけ笑う。
「じゃあ、また来る」
「平気な顔、
置きすぎんなよ」
「ほどほどにな」
ドアが閉まる。
強さって、
壊れないことじゃない。
壊れそうな自分を、
ちゃんと扱えるかどうかだ。