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ドアがノックもなく開いた。
「よっす」
「ノック忘れてる」
「知ってる。もう常連だし」
軽い調子で入ってきた相談者は、制服のまま椅子に腰を落とす。
足を組み、いつもの顔。
明るい。よく笑う。クラスの中心。
「今日はどうした」
「いやー、深刻ってほどじゃないんだけどさ」
「その前置き、だいたい深刻」
「失礼だな」
笑いながらも、視線が一瞬だけ泳いだのを、蓮司は見逃さない。
「で?」
「……俺さ」
一拍置いてから、肩をすくめる。
「友達多いじゃん?」
「自分で言うか」
「事実だし?」
「で?」
「その中のどこにも、
“絶対切られない場所”がない気がする」
空気が、少しだけ静まる。
「楽しそうにしてるよな」
「してるしてる。普通に笑ってる」
「誘われてる?」
「誘われる側だね、わりと」
「じゃあ何が不安だ」
相談者は、指先で椅子の縁をなぞった。
「もし俺がいなくても、 別に困らない感じ」
「なるほど」
「今日来なくても成立するし、
明日急にいなくなっても、
“あ、そういやいたね”で終わりそうな」
「存在がBGM」
「言い方ひど」
でも否定はしない。
「俺さ、
嫌われてるわけじゃないのは分かる」
「うん」
「でも“選ばれてる”感じもしない」
蓮司は少し考えてから言った。
「切られる想像、 どんな時に出る?」
「LINE返すの遅い時」
「即答」
「あと、
自分だけ呼ばれてなかった時」
「あるな」
「その時、“あ、来た”ってなる」
「来た、って?」
「いつか来るやつ。 切られる未来」
笑って言うが、目は笑っていない。
「実際切られたことは?」
「ない」
「じゃあ何でそこまで想像する」
相談者は少し黙る。
「……俺がいなくても、 代わりいるから」
「それ、全員そうだ」
「でもさ」
声が少し落ちる。
「俺って、 “面白い枠”なんだよ」
「自覚あるな」
「ノリいい、盛り上げ役、 空気明るくする担当」
「重宝される」
「でもそれってさ」
息を吐く。
「疲れたら、
交代できるポジションじゃん」
蓮司は小さく頷いた。
「切られる不安の正体、そこだな」
「なに」
「役割で繋がってる感覚」
「……」
「役に立ってる間は居られる。
でも役を下りたら――」
「席、なくなる」
相談者は苦笑した。
「分かりやすく言うなよ」
「分かりやすい方がいいだろ」
ペンを回しながら続ける。
「なあ」
「ん?」
「そのグループで、 何もしない時間あるか?」
「……ないかも」
「黙ってても一緒にいられる?」
「無理。気まずい」
「じゃあ答え出てる」
「え、なに」
「“仲がいい”んじゃなくて、“回ってる”」
「言い方!」
「事実だ」
でも声は淡々としている。
「それが悪いわけじゃない」
「フォロー雑」
「本気」
蓮司は机に肘をついた。
「ただな、
切られない関係ってのは」
「うん」
「“何もしなくても残る時間”がある」
「……」
「笑わなくても、
盛り上げなくても、
そこにいていいやつ」
相談者は視線を落とした。
「俺、
そこに行けてない気がする」
「気づいてるだけマシ」
「行きたいけどさ」
「うん」
「急にキャラ変えたら、 それこそ切られそう」
「一気にやるな」
「じゃあどうすんの」
蓮司は少しだけ笑った。
「一人でいる時の自分、そのまま一人だけに出せ」
「一人だけ?」
「全員に好かれなくていい」
「それ陽キャ的に結構きつい」
「だろうな」
でも目を逸らさない。
「切られるのが怖くて、
全員に合わせ続けると」
「うん」
「誰にも残らない」
相談者はしばらく黙っていた。
「……なあ」
「何」
「俺さ、薄っぺらい?」
「いや」
「即答しないんだ」
「薄いんじゃない」
蓮司は言う。
「削りすぎてるだけ」
「削る?」
「好かれる形に」
沈黙。
「残りたいなら」
「うん」
「少し、 残る前提でいろ」
「……強気だな」
「切られないかじゃなく」
「?」
「切られても、自分は残るって感覚」
相談者は小さく笑った。
「それ一番難しいやつ」
「だから相談室に来てる」
「確かに」
立ち上がりながら言う。
「でもさ」
「ん?」
「今日ここ来て、切られる気しなかった」
「それはな」
「?」
「切る理由がないからだ」
「雑だけど、ちょっと救われる」
ドアを開ける前に振り返る。
「俺さ」
「うん」
「次来る時、ちょっと静かでもいい?」
「騒がしくても静かでも、席はある」
「それ、いいな」
笑って出ていった。
笑って繋がる関係ほど、 静けさが試される。