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要 九十九
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星キラリ

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「美咲って、卒業したら何したいん?」
昼休み、紗季にそう聞かれて、美咲は箸を止めた。
花火部の活動がない日だった。教室の窓際で弁当を広げ、紗季と向かい合って食べている。少し離れた席では、亮介が男子数人と騒いでいた。
「何って?」
「進路。そろそろ考えなあかんやろ」
「あー……」
美咲は弁当箱の中を見た。
進路希望調査の紙なら、鞄の中に入っている。提出期限は来週だった。昨日、担任から早めに出すように言われたばかりだ。
「まだ決めてへん」
「大学行くとか、就職するとか、そういうのも?」
「うん。紗季は?」
「私は進学するつもり。興味ある分野があるし、もうちょっと勉強したいねん」
紗季はそう答えながら、卵焼きを口に運んだ。
「美咲も、何かやりたいことあるんちゃう?」
「やりたいことかあ……」
美咲は考えた。
花火部は好きだった。仲間と活動する時間も、地域のイベントに関われることも、花火について知ることも楽しい。けれど、それを将来の仕事にしたいのかと聞かれたら、答えられなかった。
そもそも、好きなことを仕事にするという発想自体、あまり現実味がなかった。
「毎日、楽しければええかなあ」
「それ、進路希望調査に書ける?」
「書いたらあかんの?」
「先生に呼び出されると思うで」
「えー、なんでやねん。大事なことやん。毎日しんどいより、楽しいほうがええやろ」
「それはそうやけどな」
紗季は笑った。
美咲も笑ったが、進路のことを考えると、少しだけ落ち着かない気持ちになった。
周りは少しずつ先のことを決め始めている。行きたい学校がある人、就きたい仕事がある人、家族の期待に応えようとしている人。
自分だけが何も決まっていないような気がした。
「紗季は、将来のこと考えるん怖くないん?」
美咲が聞くと、紗季は箸を置いた。
「怖いで。思いどおりになるか分からへんし、勉強もせなあかんし」
「ほな、なんで決められるん?」
「決めたからって、そのとおりになるとは限らへんやろ。でも、今やりたいことがあるんやったら、そっちに進んでみたいねん」
紗季は特別なことを言ったつもりではないらしく、食べ終わった弁当箱の蓋を閉めた。
美咲は、その言葉を頭の中で繰り返した。
今やりたいことがあるなら、そっちに進む。
自分には、まだそれがない。
それなら、見つかるまで考えればいいのだろうか。
「まあ、美咲は美咲のペースでええんちゃう?」
紗季が言った。
「人の進路聞いといて、適当やなあ」
「適当ちゃうわ。人それぞれやって話やん」
「紗季らしいなあ」
「どういう意味やねん」
二人は笑い、昼休みの終わりを知らせるチャイムが鳴るまで、別の話をしていた。
進路希望調査のことは、ひとまず鞄の中に戻したままだった。
放課後の花火部では、直人が進路希望調査の紙を机に置いていた。
「三年生になると、こういうのばっかりやな」
亮介が紙を覗き込む。
「直人先輩、もう進路決めたんですか?」
「だいたいはな。まだ確定ではないけど」
「うわ、ちゃんとしてる。俺、来年どうなってんねやろ」
「亮介は、もう少し授業を聞いたほうがええと思うで」
紗季が即座に言った。
「なんで俺だけ具体的に怒られんねん」
「この前、数学の時間に寝てたやろ」
「ちょっと目を閉じて考えてただけや」
「何を?」
「人生」
「数学の授業で?」
美咲が笑いながら口を挟む。
「しかも先生に当てられて、答えられへんかったやん」
「それは人生の問題が難しかったからや!」
「もう黙っとき、亮介」
直人まで笑っていた。
ひとしきり騒いだあと、直人は進路希望調査の紙を鞄にしまった。
「まあ、決めるのは自分やからな。周りがどうするかより、自分が何をしたいか考えたほうがええで」
その言葉に、紗季が頷いた。
「そうやな。誰かと同じ道を選んでも、同じ人生になるわけちゃうし」
「急に二人とも真面目やん」
亮介が言うと、美咲は机に頬杖をついた。
「なあ、うちらって、卒業したらどうなるんやろな」
「どうなるって?」
直人が聞き返す。
「今みたいに、みんなで集まったりできるんかなって。学校が別々になったら、会う回数も減るやろ?」
「そら、今よりは減るかもしれんな」
直人は正直に答えた。
「でも、会いたかったら連絡したらええやん。卒業したら縁が切れるわけでもないし」
「せやんな」
美咲は安心したように笑った。
「ほな、卒業しても花火部で集まろうや。毎年、夏に!」
「毎年って、まだ来年の予定も決まってへんのに?」
紗季が呆れた顔をする。
「今決めたらええやん」
「美咲、そういう約束だけは早いなあ」
「ええことやろ!」
「まあ、ええんちゃう」
直人が笑って頷いた。
「みんなの予定が合えばな」
「絶対やで!」
美咲は嬉しそうに言った。
亮介は指を折りながら、勝手に条件を付け始めた。
「ほな、毎年集まって、どっか旅行行って、うまいもん食べて、最後は花火見る。どうや?」
「自分の希望ばっかりやん」
「ええやろ、夢は大きいほうが」
「旅行のお金、誰が出すねん」
「働いて稼ぐ!」
「まだ就職先も決まってへんのに?」
「夢を語るのに資格はいらん!」
その言い方がおかしくて、美咲は声を上げて笑った。
毎年、夏に集まる。
たったそれだけの約束だった。
けれど、誰も反対しなかった。
数日後、美咲は進路希望調査の紙を前にして、机に突っ伏していた。
希望する進路の欄は空白のまま。何度かペンを持ったものの、結局何も書けなかった。
窓の外では、部活動を終えた生徒たちが帰っていく。
自分も花火部へ行けば、いつもの仲間がいる。楽しい時間を過ごせる。けれど、卒業したあとの自分がどこで何をしているのか、想像できなかった。
「……何したいんやろ、私」
呟いても、答えは出てこない。
何かを成し遂げたいわけでも、誰かに認められたいわけでもなかった。今の生活に不満があるわけでもない。
ただ、この先も楽しく過ごせたらいい。
好きな人たちと笑って、好きなことをして、時々失敗して、また笑う。
それでは足りないのだろうか。
美咲は紙を裏返した。
そのとき、廊下から紗季の声がした。
「美咲ー! 何してんの? 部活行くで!」
「今行くー!」
美咲は慌てて紙を鞄にしまい、教室を飛び出した。
考えるのは、またあとでいい。
今は、みんなのところへ行きたかった。
その日の活動では、地域の子ども向けイベントで使う展示資料を整理した。
花火が夜空に広がる仕組みや、色が生まれる理由。実際の打ち上げは専門の業者が安全管理のもとで行うため、部員たちは資料作りや会場準備、来場者への案内などを担当する。
美咲は、花火の写真を見比べながら、どの写真を展示の最初に置くか考えていた。
「これ、めっちゃ綺麗やな」
「それ、去年の大会の写真やで」
直人が教えてくれた。
「同じ花火でも、写真によって全然違って見えるんですね」
「撮るタイミングでも変わるからな。開いた瞬間を撮るのか、消えていくところを撮るのかでも違う」
美咲は写真を持ち上げ、光の広がりを眺めた。
夜空いっぱいに咲く花火は、ほんの短い時間しかそこにない。
けれど、その一瞬を見るために、人は何時間も前から場所を取って待ち、家族や友達と並んで空を見上げる。
「消えるの、もったいないなあ」
美咲がぽつりと言った。
「ずっと残ってたらええのに」
「そしたら花火大会の意味、変わってまうんちゃう?」
亮介が横から言った。
「一瞬やから見たいんかもしれへんで」
「……そうなんかな」
「知らんけどな!」
「何やねん、それ!」
美咲が笑い、亮介も笑った。
そのやり取りを聞いていた紗季が、展示用の紙を揃えながら口を開いた。
「でも、写真には残るやん。全部そのままではないけど、見たことまでなくなるわけちゃうし」
「紗季、今日ええこと言うなあ」
「今日だけみたいに言わんといてくれる?」
「いつも言うてるやん!」
「絶対うそやろ」
また、いつもの笑い声が部室に広がった。
美咲は手元の写真を、傷つけないようにそっと机へ戻した。
この写真に写っている人たちも、いつか進路を決めて、それぞれの場所へ進んでいくのだろう。
今は同じ部室にいるけれど、数年後には違う町に住んでいるかもしれない。別の仕事をしているかもしれない。今とはまったく違う生活を送っているかもしれない。
それでも、今日一緒に笑ったことまで消えるわけではない。
美咲はそう思った。
いつか大人になった自分が、今日のことを懐かしく思い出す日が来るのだろうか。
そのときも、みんなは元気でいるだろうか。
「美咲、そっちの資料終わった?」
紗季に聞かれ、美咲は顔を上げた。
「あとちょっと!」
「さっきから、写真ばっかり見てるやん」
「綺麗やから、つい」
「ほんま、花火好きやなあ」
「好きやで!」
美咲は迷わず答えた。
花火が好きだった。
花火部が好きだった。
ここにいる人たちと過ごす時間が、好きだった。
それ以上の理由なんて、今は必要なかった。
活動が終わると、四人は駅まで一緒に歩いた。途中で亮介がまた遊園地の話を始め、紗季が呆れ、直人が笑い、美咲が次の予定を勝手に決めた。
それぞれの夢は、まだ形になっていなかった。
将来が不安な人もいれば、やりたいことが決まっている人もいる。何も決められずにいる美咲のような人もいた。
けれど、誰かの答えを急いで自分の答えにする必要はなかった。
今はまだ、選べる道がたくさんある。
そう信じられる時間の中に、彼女たちはいた。
そして美咲は、いつものように手を振って別れた。
「ほな、また明日な!」
「また明日!」
その言葉に、特別な意味はなかった。
明日も会う。それだけのことだった。
まだ誰も、自分たちの人生が思いがけない方向へ進んでいくことを知らない。
美咲もまた、いつか自分の夢より大切に思うものに出会う日が来るなんて、考えもしなかった。
今はただ、明日もみんなに会えることが嬉しかった。
コメント
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紗季の「今やりたいことがあるならそっちに進む」っていう言葉、ずしんと来ましたね。美咲の「毎日楽しければええなあ」って感覚、すごくわかるんですけど、それを進路に書けないって言われると切なくなる……。でも「夢を語るのに資格はいらん」って亮介に言い返されて、ちょっと救われました。花火が一瞬だからこそ美しいっていう亮介の言葉も良かったな。みんなで集まる約束、叶うといいですね。