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夜。カーテンは閉めきられ、部屋の空気は生ぬるくこもっていた。
窓の外では、風が草木をさわさわと撫でているのがわかるのに、この部屋だけは時間が止まっているみたいだった。
ベッドに腰かけた遥は、背を丸め、足先だけで床を触っていた。
蓮司は窓辺の椅子に座り、指で携帯を弄んでいる。
けれど、目だけは遥を見ていた。
熱も、興味もない目で。
「……あれさ、昼のあれ」
不意に蓮司が口を開く。
遥は答えず、ただ視線を下に向けたまま、シャツの袖口を指で握った。
「泣きそうだったろ」
蓮司の声はやけに柔らかい。けれど、どこか薄く笑っていた。
「“泣き顔サービス”ってやつ?」
遥はわずかに顔をしかめたが、否定はしなかった。
「別に。そういうわけじゃねぇ」
「ふうん。じゃあ──ほんとに、辛かった?」
「……」
沈黙。
遥の喉が、音もなく動く。
何も言えない。何も言いたくない。
だって言ったら、負ける気がした。
蓮司は脚を組み替えて、窓の外に目をやる。
「……でもさ、お前、ちょっとは期待したんじゃね?」
遥は、顔を上げた。
蓮司はこっちを見ていない。
ただ、こともなげに言う。
「誰かが助けてくれるとか──日下部が庇ってくれるとか。……想像くらいしたろ?」
遥は息を呑んだ。
「……してねぇよ」
「嘘」
蓮司が、あっさり言い切った。
「した顔だった。“誰かに助けてもらえるかも”って顔。……ああいうの、すぐバレるよ」
遥の唇が、かすかに動く。
「……おまえに何がわかんだよ」
「何もわかんない。でも──想像くらい、するじゃん。日下部がさ、お前のこと“守ってくれる”とかさ」
蓮司の声は、あくまで無邪気だった。
それが逆に、遥の神経を逆撫でした。
「ちげぇって……」
「でも、されたいんだろ? 庇ってもらったり──……抱かれたい、とか?」
遥が、ぱっと顔を上げた。
蓮司は、そこではじめて遥の目を見た。
「違うか?」
その目に、揶揄も、冷笑もない。
ただ、薄く、試すような無表情。
遥の唇がわななく。何も言えなかった。
「……あーあ。マジでそうだったんだ」
蓮司が立ち上がる。
軽く伸びをして、遥の頭にぽんと手を置いた。
「なにもしねぇって。安心しろよ、“恋人”なんだろ、俺たち」
そう言って笑うその声に、何もかも否定された気がした。
遥はただ、目を閉じた。
誰にも見られてないのに、涙はこぼれなかった。
けれど、胸の奥で何かがずっと擦り減っていく音だけが──ずっと、していた。