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第27話:新しい恋の形
春休み目前の放課後。
校庭の桜のつぼみが、少しだけ開きかけていた。
天野ミオは、図書室の奥で本を閉じた。
うす緑のカーディガンに、制服のリボンを外したシンプルな装い。
今日は眼鏡をかけていた。前髪を横に流し、顔の輪郭がいつもより柔らかく見える。
隣に座っているのは、大山トキヤ。
黒のジャケットを羽織り、シャツの第一ボタンは留められていた。
指先には、破れたページを丁寧に直すための小さなテープを握っている。
ふたりは何も話していなかった。
けれど、何かを共有している空気がそこにはあった。
最近、学校では変化が起き始めていた。
教室の中でスマホを開いている生徒の多くが、カードアプリではなく、メッセージアプリや手帳アプリを使うようになっていた。
恋レアランキングは非表示のまま。
校内の恋愛スコアボードも、3月末で撤去が決まった。
それでも恋がなくなったわけではない。
たとえば、前の席に座る大石リノ。
以前は毎朝ログを投稿していたが、いまは日記帳を使って“今日のときめき”を書いている。
制服のスカート丈は少し長くなり、髪も巻かずにそのまま肩で揺れていた。
また、文化祭の展示で“カードを使わなかった”として注目された榊ユラと加賀ヒナタのふたりは、今も毎朝同じ時間に図書室に来て、向かい合わせに座っている。
何も演出せず、ただ本を開くだけ。それでも、その関係は日々深くなっていた。
ミオは、そんな変化を遠くから見ていた。
自分がカードを使わないと決めたことで、誰かが真似をするとも思っていなかった。
でも、あの日“暴走”した恋レアが、自分たちの感情の輪郭をはっきりさせたことは、間違いなかった。
校門のそばでは、レンアイCARD社のスタッフが最後の使用調査を行っていた。
アンケートに答える生徒はまばらで、多くが“未使用”のまま通り過ぎていた。
カードがなくても、誰かを想える。
“好き”の定義を、人に決めさせなくていい。
それが、いま静かに広がりつつある“新しい恋の形”だった。
トキヤがふと、ミオのノートに目をやった。
ミオは気づくと、そのページをめくった。
そこには何も書かれていない白紙。
でも、それは“これから何を書くか、自分で決めていい”ということ。
ふたりは立ち上がり、図書室をあとにした。
校舎の外、まだ開ききらない桜の下を、言葉を交わさず歩く。
ふたりの歩幅が自然とそろう。
その静けさこそが、演出ではない“恋”の証だった。