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舞台の終盤。
橋の下へ集まった役たちは、雨の止む気配を待ちながら、それぞれ何を失くして何を持っていたいのかを話し始める。
派手な告白ではない。
大きな夢を叫ぶわけでもない。
ただ、今日を越えたらまたそれぞれの日常へ戻る人たちが、今だけは少し本音に近い声を出す。
サベリオの役に向けて、デシアの語りが落ちる。
「あなたは、あの夜、何を守ろうとしたの」
客席の空気が変わった。
知っている人には分かる問いだ。数年前、町で噂になった事故の夜。その話を、ここでやるのかと、誰もが息を止める。
サベリオは、すぐには答えなかった。
ろうそくの灯りが横顔へ揺れ、橋の上から落ちた雨粒が一つ、舞台の端で弾ける。
「最初は」
彼は言う。
「舞台だと思ってた」
自分でも驚くほど、声は落ち着いていた。
「壊れたら終わるって。失敗したら全部だめになるって、そう思ってた」
客席の奥で、トゥランの肩がびくりと揺れる。
ハルティナが隣でそっとその袖を掴んだ。
サベリオは続ける。
「でも、本当に守りたかったのは、そこにいた人だった」
視線が客席のどこか一点へ向く。
「怖くて動けなかった子どもがいて、泣きそうなのに声も出せなくて、だから、そっちへ走った」
少し息を吸い、
「装置を守れなかったのは事実です。でも、人を放ってはおけなかった」
橋の下が、しんとする。
誰も咳ひとつしない。
トゥランの頬を涙が伝った。
彼は立ち上がりはしない。声も出さない。ただ、膝の上で握った手が、震える。
あの夜、自分はただ守られた側だった。誰にも言えず、自分でも遠ざけてきた記憶が、今、舞台の上の言葉でようやく輪郭を持った。
デシアはそれを見届けながら、次の語りを置く。
「守れなかったものは、ずっと胸に刺さる」
静かな声。
「でも、守ったものは、時間がたってからしか分からないこともある」
ミゲロの役が、そっと壊れた時計を差し出す。
ヌバーの役が、場に似合わない明るさで笑わせようとして失敗する。
ホレの役が、それでも椅子を寄せて輪を崩さない。
その全部が、誰か一人を責めない夜の形になっていく。
客席のあちこちで、目元を押さえる仕草が見え始めた。
サラは舞台袖から深く息をつき、パルテナは顔を背けて涙を隠し、アルヴェはただまっすぐ見ていた。
その時だった。
時計塔の方から、ごく低い振動が伝わってきた。
最初は気のせいかと思うほど小さい。
だが、サベリオの耳はそれを聞き逃さなかった。橋の骨組みを伝い、濡れた床の下をくぐって、重い何かが目を覚まそうとする前触れのような震え。
ジャスパートも顔を上げる。
ヴィタノフの視線が橋の上へ走る。
デシアの目がわずかに開く。
まだ鳴らない。
でも、来る。
サベリオは舞台の中央で、その予兆を胸に受け止めながら、最後の場面へ足を進めた。