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#怪異
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#和風ファンタジー
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#怪異
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俺が覚えている限り、戊辰戦争終結後、現在の場所に屋敷を構えているはずだ。外から見てもちょっとした城のように感じられる規模感だが、内部に入れば更に広く感じられるはずだ。
まず、玄関をあがれば心地良くひんやりとした空気と沖に向かって伸びる薄暗い廊下が来客を出迎える。その左右にはふすまにと辞された大小様々な部屋が並んでいる。
その数は多く、塚森家とは付き合いが長く、よく出入りしている俺も部屋の種類やその用途の全ては把握できていない。
ひょっとしたら外法の力で、その時の都合に合わせ部屋の数を増やしたり減らしたりしているんじゃないのかと思っているのだが……。
いや、今はそんなことを気にしている場合じゃない。レイジに頼んで塚森家に挙げてもらった俺は廊下を少し歩き、足を乗せるたびにミシミシと軋んだ音を立てる階段をへて二階へと向かう。
その突き当り、南向きの部屋の前で俺は足を止めていた。
コンコンと控え目に、軽くノックしながら俺は――。
「……キミカ? 起きてるか? ……俺だよ、リョウだ。……その、お前、大変だったんだってな?」
部屋の中で横になっているであろう娘をできるだけ脅かさないよう、できるだけ俺は優しい声で語りかける。
「今日は店と付き合いのある農家の方々のところを巡っていたんだが、お前の親父――レイジからメール貰ってたことについさっき気がついたんだ。だから、その……」
どうぞ、とドアの向こうからか細い声が聞こえた。
小さいがハッキリとした女の子の声。胸の奥、心臓の近くに突き刺すような痛みを覚えながら俺はドアノブを回していた。それから少し躊躇った後、ドアを身体で押し開くようにしながら敷居をまたぐ。
「――よっ。お見舞いご苦労さん」
ベッドでぐったりと横たわり、薄いタオルケットを掛け布団の代わりにした部屋の主――、塚森キミカが小さく片手をふってくる。
正直に言う。その姿を見て、俺はすっかり動転してしまっていた。
そばにあった学習机からキャスター付きのチェアーを引っ張り出して、それにもたれかからなければその場にひっくり返ってしまいそうなぐらいに。
激しい暴行を受けた状態で、キミカはベッドに身を横たえていた。敢えて砕けた表現をするのならば、いわゆるボコボコ状態だ。
もちろん笑えない。もし、万が一、今のキミカを見て少しでも笑うやつがいたら――俺がそいつを同じ目に遭わせる。どこの誰だろうと。
それぐらいキミカは酷い有様だった。
目についたのは、まず目蓋。かなり執拗に攻撃されたらしく、左右ともに大きく腫れあがっていたが、特に右を手酷くやられたらしく完全に目を塞がれていた。
赤ん坊のように丸みを帯びて、ぷにぷにとしていた頬にも容赦ない打撃の跡があった。それはゾッとするような青痣になっていて、俺は思わず身震いをしてしまう。
唇の端は切れ、大きな絆創膏が貼られておりーー。
限界だった。それ以上は直視に耐え兼ね、俺は下を向いてしまう。
同時に押し寄せてきたのは激しい後悔の念。あんなことを、レイジを責めるようなことを言うべきじゃなかった。
レイジはキミカのこの姿を、七年間もの間、ほぼ男手一つで我が子として大切に育てた女の子のボロ雑巾のような様を目の当たりにしたのだ。
……もし、俺がその立場だったら?
やっぱり、俺はレイジみたいにメンタルが強くない。弱い俺には正気を保つことなど到底出来そうにない。
「……よう」
できるだけ、朗らかに挨拶しようとしたが――無理だった。
顔と声を引きつらせながら、それでも俺は言葉を続ける。
「レイジから連絡があってスッとんで来た。……その、何て言うか、いろいろ大変だったみたいだな」
「そうやねん」
ホゥ、とキミカがため息をつく。疲弊しきった、悲哀のこもったため息。
ほとんど開かなくなった瞳を天井に向けながら放心したようにつぶやき続ける。
「うち、試合にボロ負けしたボクサーみたいやろ? こういうの何て言うんやったっけ? ……噛ませ猫?」
「それを言うなら犬だ。噛ませ犬」
本気とも冗談ともつかない無意味な会話を交わしながら、俺は店から持って来た紙袋を手繰り寄せる。
「今度、ウチのスーパーと提携結んでいる農家と期間限定で野菜ジュース出すことになってな。いくつか持って来たんだけど、飲むか?」
「うん、飲む。……どんなんあんの?」
「ええっとにがにがウリとみずみずキュウリ。それにほんわかセロリの三種類だな。どれにする?」
「ほんわかセロリちょうだい」
キミカの指定は迷いがなかった。まあそうだろうな、とは思ったが。
言われた通りほんわかセロリの紙パックを取り出し、その蓋を開こうとするが指先が震え、なかなか思い通りにならない。
「なぁ、リョウ……」
「あ、ちょっと待ってくれ。口の中を怪我しているのなら、ストローを挿した方が飲みやすいだろ」
「いや、それはありがとうやねんけど、違うねん」
ちょっと確認したいんやけど、とキミカはいつになく真剣な口調で言う。
「違ったらゴメンな。……ひょっとしてリョウは今、すごい怒ってたりする?」
思わず息が止まった。
なるべく表情に出さないようにしていたが、バレバレだったようだ。
こう見えてキミカは案外、鋭い。まだまだ子供だが決して馬鹿じゃない。
あくまで同年代だった頃の俺と比べて、だが。
「……ああ、そうだな。確かに俺はムカついてる。なぜって、こんな――」
「ごめん。うちのせいやんな」
俺の言葉を遮り、キミカが言う。声がひどく沈んでいた。
思わず俺は、エッと声を詰まらせてしまう。
「うち、アホやから……」
グスグスと鼻を詰まらせた音を立てながらまた、キミカが言う。
「それに臆病やし……。みんなみたいに外法は使えへんし、体術もダメ。だから、お父さんやリョウに迷惑かけてばっかりなんやろね。……そら、コウちゃんからも早よ家から出て自立せぇ言われるわな」
「――おい、ちょっと待て」
話の方向性がおかしいことに気がつき、俺は口を挟む。
「どうして、キミカが謝る? 確かにお前にはヒヤッとさせられることも多いが……今回は完全な被害者だろ? 悪いのは――」
……そうだ。悪いのはキミカじゃない。
栗原ミサキとか言う女のせいだ。
その名前を思い出した途端、みぞおちの辺りに煮えたぎったタールのように黒々として熱い憎悪と殺意があふれ出して来るのを感じていた。
当然と言えば当然だ。キミカを、自分の子供も同然にかわいがっている娘を痛めつけられて平然としていられるほど俺は善人じゃない。
幸いにも栗原ミサキは現在、拘束され、童ノ宮の祈祷所で監視されているそうだがそんなことで済まされるレベルじゃない。少なくとも俺は許さない。許せるものか。レイジには考えがあるらしく、まだ警察に通報していないそうだ。
……生ぬるい。だったら俺がその栗原ミサキとやらにキミカと同じ目に遭わせてやろうか。
女だろうと母親であろうと関係ない。顔面を思いっきり殴りつけて、歯を全部叩き折ってやる。指を一本一本へし折って泣き叫ばしてやる。それから両目に指を突き立てて、それから……。
俺の内側でまだ会ったことも見たこともない女に対する憎しみだけがエスカレートして行く。それはあっと言う間に膨れ上がり、言葉にするのも憚れるような下劣な妄執へと膨れ上がる。
下劣? それがどうした。俺は元々そういう人間じゃないか。
所詮は盗賊、人殺しの息子。この手に掛けた人間の数だって、両手の指じゃ足りないぐらいだ。今さら、女の一人や二人、何だって言うんだ。
「――リョウ。そんなこと考えたらあかんよ」
静かな、そして小さな声でキミカが囁いた。気がつかないうちにほんわかセロリの紙パックを握り潰そうとしていた俺の手に触れながら。
「リョウは悪人ちゃう。長いこと悪人をやらされとっただけや」
ゾクッと鳥肌が立つのを俺は感じた。この子はただ者じゃない。やはり、俺はキミカにはかなう気がしない。縁も所縁もなかったのに塚森家――この外法にまみれた家に導かれやって来ただけのことはあるのかも知れない。
「――わ、悪いけど俺はもう行く」
ほんわかセロリの紙パックをキミカに押し付けながら、裏返った声で俺は言った。情ないことにほとんど俺は怯えていた。
「レイジにこの後、童ノ宮で合流してくれって頼まれているんだ」
「あ、ちょっと待って……」
いそいそと部屋を出ようとしたところで俺はキミカに引き留められる。
「その前に――、マー君に会ったげて」
「……マー君?」
誰だそれは、と一瞬考え込み――、思わず俺は苦虫を噛み潰したような顔になる。
マー君こと栗原マキオ。キミカを殴った栗原ミサキの息子で今回、童ノ宮に取材旅行に訪れていたという人気の子役。
そう言えば、その子もここで保護しているとレイジは言っていたな。
母親のしでかしたことで子供を責めるのは間違いだし、そのつもりはない。だが、そうは言っても……。
「どうしてそんな子供に俺が会わなきゃいけないんだ?」
言いようもない不快感が込み上げてくる。なんとか押し隠そうと努力は試みるが、上手くいっている自信はない。
「誰かが面倒見てくれてるんだろ? 俺なんかが顔を出したって、子供は怖がるだけだと思うぞ」
「あー。お父さん、まだリョウには話、伝えられてへんねんな」
「話? 話って俺に、か?」
とち狂った女の凶行だけでも大概だと言うのに、まだ他にも何かあるのか? さすがにウンザリとした気持ちを通り越して、憂鬱になってくる。
今日は本当に酷い日になりそうだ。
「そんな嫌そうな顔、せんといて。リョウにとって大事なことなんやから」
「栗原マキオ……君と会うことが? 意味が分からないんだが」
一瞬の沈黙の後。
「……分かった。ほな、単刀直入に言うけど――、心して聞いてや?」
小さく息を吐き、キミカは言った。
「栗原マキオ君は――現在のマー君は、稚児天狗でもあるねん」
コメント
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キミカの言葉が刺さりました。「リョウは悪人ちゃう。長いこと悪人をやらされとっただけや」——これ、リョウのルーツを思わせる核心ですよね。ボロボロの彼女が無意識にリョウの内面をくすぐる構造が憎い。最後の「マー君は稚児天狗」で思わず息を呑みました。伏線の重なり方、綺麗すぎます。次が待ち遠しいです。