優羽は路地裏の曲がり角にある古いベンチに腰掛けると、岳大からのメッセージを開いた。
【今日は休みだったよね。何をしているのかな?】
岳大のメッセージを見た途端、優羽は一気に緊張が解けていくように感じた。
そしてすぐに返信を打ち込む。
【今日は久しぶりに一人でショッピングしていたのですが、今ちょっと変な事があって……】
そこまで打ち込んでからハッとする。こんな事を書いたら岳大に余計な心配をかけてしまうではないか。
優羽は慌ててメッセージを消そうとしたが、動揺するあまり間違えて送信ボタンを押してしまった。
「あっ!」
叫んだ時にはもう既に遅く、メッセージは送信済みになりすぐに既読に変わった。
そして返事が来る。
【変な事って何かあったの?】
優羽は慌てて【いいえ、なんでもないです】と入力して送信しようと思った時、携帯の着信音が鳴った。
岳大からの電話だった。
「もしもし?」
「どうしましたか? 大丈夫ですか?」
「あ、はい…今一人でショッピングをしていたのですが、金髪にサングラスをかけた男性にずっと後をつけられていたみたいで」
優羽は震える声で言った。
「今は? 今は大丈夫ですか? その男はどこにいますか?」
岳大の力強い声が響いた。
「今は大丈夫です。物陰に隠れていたらいなくなりました。怖かった…….」
岳大は電話口の向こうで少しホッとしている様子だった。
「とにかく一人で人気のない場所には行かないように! 常に人がいる場所を歩くようにして下さい。そして車道側も絶対に歩かない事。なるべく車から離れて歩くようにして下さい。歩く時は時々後ろを振り返って周りの様子にも注意して! そして何かあればすぐに助けを求める事! 交番が近ければ交番に駆け込んで下さい。いいね!」
岳大の力強く的確なアドバイスに優羽は「はい」と返事をした。
「ところで流星君は今どこにいるのですか?」
「流星は兄と一緒です。だから心配はありません」
「それは良かった。とにかく優羽さんはなるべく一人にならないようにして下さい。何かあったらすぐに僕に電話をする事! 今日は僕も一日休みなので遠慮しないでかけて下さいね。わかったね!」
岳大の声を聞いているうちに、優羽はだいぶ落ち着きを取り戻していた。
「はい、ありがとうございます。気をつけて歩きます」
優羽はそこで岳大との電話を切った。
それから優羽は、表通りに向かって路地裏を歩き始めた。
大通りに出る際は、きょろきょろと辺りを見回して細心の注意を払った。
金髪男の姿は見えなかったので優羽は人混みに紛れて歩き始める。
本当はこのまま実家に帰るのが一番いいのかもしれないが、もしまた見つかって実家の場所を知られても困る。
この辺りは駅に近く人通りが多いので、優羽はこのまま人の波に紛れて駅前のカフェを目指す事にした。
その頃、電話を切った岳大は深刻な表情をしていた。
優羽をつけ回す奴がいる。一体誰が? なんの目的で? 心当たりが全くないだけに岳大に大きな不安が押し寄せる。
そして優羽と遠く離れている事にもどかしさを覚えた。せめて近くにいればすぐに優羽を迎えに行けるのに。
優羽の事を守りたくても守れない現実に、岳大は苛立ちを隠せなかった。
岳大は窓辺へ近づくと、外に見える街路樹をじっと見つめる。
そしてしばらく考えた後ある決断をした。
それは岳大の人生を変えるような大きな決断だった。
その後優羽は無事にカフェにたどり着き店に入った。
その店は一階がパン屋で二階がカフェスペースになっている。
優羽は緊張のあまり食欲が失せていたが、店内に漂う美味しそうなパンの香りに誘われてベリーのマフィンとカフェオレを注文した。
会計を済ませると二階席へ向かう。
二階にはテーブル席とカウンター席があった。
カウンターからは目の前の交差点を見下ろすことが出来る。ここならあの金髪男が歩いて来たらすぐにわかるだろう。
優羽は迷わずカウンター席を選ぶと、椅子に腰を下ろしてホッと息をついた。
あたたかいカフェオレを一口飲むと気持ちが落ち着いてくる。
道行く人々を見下ろしながら、優羽はカフェオレをもう一口飲んだ。その時また携帯にメッセージが届いた。
メッセージは岳大からだった。
岳大からのメッセージには、この辺りを管轄している警察署の電話番号、そして付近の交番の住所と電話番号が記載されていた。何かあったらここへ連絡する事、そして緊急の場合は迷わず110番に電話するようにと書いてある。
岳大からのメッセージを見て優羽は大きな安心感を覚える。兄以外の男性からこうして心配してもらう事は初めてだったので、なんだか自分が守られているような気がしてとても心強かった。岳大のそんな優しさに感謝しながら、優羽はお礼のメッセージを返信した。
その頃、兄の裕樹は舞子と流星と三人で町外れの洋食屋にいた。
裕樹はハンバーグ、流星はオムライス、そして舞子はパスタを食べていた。
流星は口の周りにオムライスのケチャップをつけながら美味しそうにモグモグしている。
「流ちゃんお口にケチャップがついてるよー」
舞子は笑顔で言いながら、紙ナプキンで流星の口を優しく拭う。
そんな二人の事を裕樹は微笑みながら見つめていた。
その時裕樹の携帯にメッセージが届いた。
裕樹は休日にな何だろう? と思い携帯を見ると、メッセージは岳大からだった。
岳大とは連絡先を交換していたが、メッセージが来るのは初めてだった。気になった裕樹はすぐに見てみる。
メッセージを読みながら裕樹は急に深刻な顔をした。
それに気付いた舞子が聞いた。
「どうかしましたか?」
「佐伯さんからメッセージが来たんだけれど、なんか優羽がさっき誰かにつけられて追い回されたって書いてあるんだ」
「え? なんで優羽ちゃんが?」
「なんでだろうね? ちょっと優羽に電話をしてきてもいいですか?」
舞子はもちろんと言って頷いた。
それから裕樹は電話をかける為に店の外に出た。
舞子が流星に視線を戻すとケチャップを口の周りにつけた流星がキョトンしていたので、舞子は不安を与えないようにとあえて流星の好きなテレビ番組の話を始めた。すると流星は嬉しそうにお喋りを始めた。
その時カフェにいた優羽の携帯に着信があった。兄の裕樹からだ。
優羽は慌ててカフェスペースを出ると、一階に降りる階段の踊り場で電話に出た。
「もしもし、お兄ちゃん?」
「優羽、お前誰かに付け回されたんだって? 大丈夫か?」
「お兄ちゃん何で知ってるの?」
「佐伯さんからメッセージを貰ったんだよ。優羽が不安がっているから迎えに行ってあげてくれって」
裕樹の話を聞いた優羽は鼻の奥がツンとして目頭が熱くなる。
岳大がそこまで心配してくれていたのだとわかり嬉しくて涙が出そうになる。
しかし涙をぐっとこらえると、優羽は裕樹に詳細を話した。
「あのね、さっきアーケード街を歩いていたら金髪にサングラスの男の人がいてずっとついて来るの。最初は気のせいかなと思ったんだけれど試しに路地裏に逃げ込んでみたら追いかけて来てびっくり。でも隠れていたら走ってどこかに行っちゃった。でもあれは絶対気のせいじゃないと思う……」
「なんなんだそいつは! で、今は大丈夫か? 近くにそいつはいないか?」
「うん、今は大丈夫。お兄ちゃんに教えてもらったカフェに今いるよ。怖いからしばらくここで時間を潰してから帰るわ」
「人がいる場所ならまあ安心だな。俺達も今ちょうど昼飯を食ってるんだよ。終わったら車で迎えに行ってやるからそこでもう少し待ってろ!」
「大丈夫だよ。少し時間をおけば大丈夫だから。お兄ちゃんはデートでしょう?」
「いや、そこで待ってろ! こっちは舞子さんがこの後用事があるんだよ。今日は最初からランチだけのつもりだったから気にするな。40分くらいしたらそっちに行けるからそれまではカフェの中にいろよ。動くんじゃないぞ!」
裕樹はそう言って電話を切った。
裕樹が迎えに来てくれるとわかると優羽は少しホッとする。今来た道を一人で歩いて帰るのは正直怖かった。
だいぶ気持ちが落ち着いて来た優羽は、席へ戻ると漸くベリーのマフィンを食べ始めた。
コメント
3件
岳大さん決断していよいよ🤭🤭🤭
↓私もそう思います‼️‼️‼️ 岳大さん、車で向かってる‼️‼️‼️ 泣いちゃう:(⸝⸝⸝ᵒ̴̶̷̥́ 艸 ᵒ̴̶̷̣̥̀⸝⸝⸝):
優羽ちゃんはたくさんの人に愛されてるね😉💕 岳大さんも離れていながらも的確にアドバイスくれてお兄さんにも連絡して、迎えに行ってくれるこの連携のスピードの速さ‼️ 舞子ちゃんも流星くんを気遣ってくれる優しさが嬉しいな😉❣️ で、で、岳大さんは優羽ちゃんの元に〜かな🤭🫰💓⁉️