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それから、三年の月日が流れた。
二人の交際は順調そのものだった。
直也はテレビ出演を機に精神科医としての名を広め、大学病院やクリニックには彼を指名する患者が絶え間なく訪れていた。
さらに三冊の著書を出版し、いじめやパワハラの専門家として注目を集めている。
一方、栞は第二希望の航空会社に採用され、夢だったCAの道を歩み始めた。
栞の訓練が始まる頃、直也にアメリカ留学の話が持ち上がる。
留学期間は三年。大学病院から派遣され、留学先は心理学の権威がいるカリフォルニア州の大学だ。
この提案を受けた直也は、悩み抜いた末、最終的に受け入れる決断を下す。
そのことを栞に伝えると、彼女は「離れたくない」と涙を流した。
しかし、直也はそんな栞に優しく諭す。「距離が離れても気持ちは変わらないから」と。
「離れている三年間は、互いの夢に全力で取り組もう」という直也の言葉を受け、栞は最終的に彼の意志を尊重することにした。
そして、二人は今、遠距離恋愛を続けながらそれぞれの仕事に打ち込んでいる。
訓練を終えた栞は、現在、国内線の新人クルーとして活躍し、この日は羽田発神戸行きの便に乗務していた。
先輩クルーの指示に従い、栞は飲み物の提供を開始する。
端の席から順に希望を聞き、優雅な身のこなしで瞬時に飲み物を提供していく。
常に笑顔を絶やさずサービスを続け、栞は次の列へと移動した。
「お飲み物は何になさいますか?」
反対側を向いていた女性が振り向くと、栞は思わず息を飲んだ。
その女性は、義理の姉・華子だったからだ。
華子もまた驚きの表情を浮かべていた。まさか栞がCAとして活躍しているとは思ってもいなかったのだろう。
言葉を失っている華子の隣から、連れの男性が口を開いた。
「コーヒーをブラックで」
その声に栞はハッと我に返り、何事もなかったかのように業務を再開した。
「かしこまりました」
栞は笑顔で答えながらコーヒーを注ぎ、さりげなく男性を観察する。。
年齢は50代後半、仕立ての良いスーツを着ていたが、髪は薄く、顔には深い皺が刻まれ、腹も出ていた。
以前華子が連れ回していたハイスペックな男性たちとはあまりにも違ったので、栞は驚いた。
コーヒーを渡す際、男性の左手に結婚指輪があることに気付いた。
(まさか、この人と結婚したの?)
しかし、華子の左手に結婚指輪は見当たらなかった。
(え? じゃあ……不倫……?)
栞は不審に思いつつ、華子をそれとなく観察した。
大学時代、モデルのようなスタイルで男性を惹きつけていた華子の姿は、もうどこにもなかった。
相変わらず派手な服に身を包んでいたが、身体のラインはふくよかになり、フェイスラインはぼやけ、顎のたるみも目立つ。
今の華子は、実年齢よりも老けて見えた。
栞は大学時代、華子が大手化粧品会社に就職したという噂を人づてに聞いていた。
そして、社会人になり、綾香と銀座のデパートへ立ち寄った際、化粧品売り場で働く華子の姿を偶然目にしたことがある。
今もまだ、そこで働いているのだろうか?
そんなことを思いながら、栞は笑顔で華子に問いかけた。
「お飲み物はいかがなさいますか?」
しかし、華子は何も答えず、ツンとして栞を無視している。
見るに見かねた隣の男性が口を開いた。
「彼女にもブラックコーヒーね」
「かしこまりました」
栞は笑顔でコーヒーを注ぐと、華子のテーブルに置いた。そして、お辞儀をしてから次の列へと移動した。
栞が目の前からいなくなると、華子はその接客姿をこっそり盗み見る。
胸を張り自信に満ちた動きでサービスを続ける栞を見て、華子は急に苛立ちを覚えた。
そんな華子の様子に気付いた連れの男性が、彼女に聞いた。
「急に不機嫌になってどうした? あのCAに何か恨みでもあるのか?」
「別に、そんなんじゃないわ」
「お前が神戸に行きたいって言うから一緒に連れてきてやったんだぞ。なのに、そんなに不機嫌でいられたら心外だな。 お前には高額な手当てを払ってるんだから、せめて俺の前にいる時くらいは機嫌良くしたらどうなんだ」
その言葉に華子はつい反論しそうになったが、それをぐっとこらえる。
(なんで私がこんなみじめな思いをしなきゃいけないの?)
華子は悔しくて爪を噛む。
彼女は、大学を卒業したら重森と結婚できると信じていた。
重森は大病院の跡取り息子なので、将来華子は院長夫人になれると思っていた。
それは、彼女が望んでいる安定の未来だった。
しかし、大学卒業を間近に控えたある日、華子は重森から突然別れを告げられた。
重森にとって華子は、ただの遊び相手でしかなかったのだ。
『お前は俺以外の男にも手を出していただろう? だからおあいこだな』
そう言い残し、彼はあっさりと華子の前から去っていった。
愕然とした華子は、その後何度も電話をかけ「もう一度会って話がしたい」と留守電にメッセージを残したが、重森からの返事はなく、着信拒否までされてしまう。
重森との結婚を信じて疑わなかった華子は、就職活動をほとんどしていなかった。
準備不足のまま慌てて受けた数社の中から、奇跡的に大手化粧品会社に採用された。
(もし重森と別れると分かっていたら、エリートと出会える一流会社を受けたのに)
そう思いながら、華子は重森を恨んだ。
大学卒業後、華子は仕方なく化粧品会社に就職する。しかし、本社勤務を期待していた彼女は、デパートの化粧品売り場へ配属された。
自分よりブスで地味な女たちに媚びて高級化粧品を売る仕事に耐えられず、華子はすぐに退職した。
困った華子は母親を頼ろうとするが、母は二度の離婚を経て実家で肩身の狭い生活を送っており、もう頼れる状況ではなかった。
仕方なく夜の店で働き始めたが、そこで今隣にいる男と出会った。
男は華子よりかなり年上で、見た目は冴えないが金だけは持っていた。
華子が金に困っていることを知った男は、すぐに愛人契約を持ちかけてきた。
こんな男の愛人になるのは本意ではなかったが、金の魅力には抗えず、華子はその申し出を受け入れる。
だが、それは次の男が見つかるまでの繋ぎに過ぎなかった。いずれはハイスペックな男に乗り換えるつもりだった。
自信に満ちた表情で仕事をこなす栞に、乗客たちが羨望の眼差しを向けていた。
それに気付いた華子は、悔しさと怒りが込み上げていた。
コメント
26件
化粧品会社に勤めていたら、頬が弛んだりする前にいろいろ手立てはあったはず。 高いお手当を出しているって言うのは愛人なの?
直也せんせー、栞ちゃんを束縛しない為にも大きな愛🩷で包みつつお互いのステップアップの為の3年間の遠距離恋愛🛩 再会が楽しみです🩷✨🩵 華子、ドン底・底なし沼みたいになってるじゃん〰️〰️〰️😵😵💫 他人を見る👀のではなく鏡を見て、自分を磨いてしっかり自分の足で歩きなᕙ(ಠ ਊ ಠ)ᕗ
3年もの間留学で離れ離れなのね。お互い自分の仕事に精進する気持ちは大切だね。 直也さんは何処までも愛情深くて辛抱強いな。感心しちゃうよ😢 また義姉と再会しちゃったね。他責思考が抜け切らず色々残念な人生になってるみたいで( ー̀дー́)チッ。 栞ちゃんはCAでも輝いてるなぁ*.(๓´͈ ˘ `͈๓).*