テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
――2026年7月21日 午後一時十分
■■県童ノ宮市湯湯山町東新大群■■―■■
童ノ宮門前町■■ 和食食堂「天狗庵」
「うちね、芸能界の人に会うって初めてやねん。せやから、朝からすっごい緊張してたんよ」
「は、ははは……。そうなんですね……」
「ちょっとびっくりしてんけど、マキオ君って動画や雑誌で見るより実物の方がはるかに神様――、稚児天狗に似てんねんなーって」
「えっ、ホント? ぼく、稚児天狗みたいにかっこいい?」
「うん。かっこいいし、かわいいで。……それに眼帯付けて稚児装束を着たら多分、うちやリョウでも見分けつかへんぐらいそっくりちゃうかな」
「……」
童ノ宮神社を離れ、古くて趣のある商店街――、童ノ宮門前町を歩く。
私の少し前をマキオとしっかり手を繋ぎ、屈託なく笑いながら、女の子が歩いている。
清楚な浴衣に身をつつんだ小柄で可愛らしい子だ。待ち合わせ場所の神社の境内で私達親子を神社で出迎えてくれたたその子は――、塚森キミカちゃん。
事前に岡崎社長が話をつけてくれていた、塚森家の娘さん……。
塚森家は先祖代々、童ノ宮の神社を祀る神職の一族で、不動産や福祉事業、商工会議所などにも大きな影響力を持つ一族……つまり、地元の名士らしい。
つまり、キミカちゃんは世が世なら、結構なお嬢様ということになる。きっと礼儀正しく、他者に気遣えるよう厳しく躾けられたに違いない。
そもそも、優しくて明るい子なのだろう。心遣いがハンパない。
知らない土地を歩き回ることになって少なからず不安を覚えている私にしきりに話しかけてくれている。個人的にも親としもありがたいことだ。
どちらかと言えば人見知りのマキオもキミカちゃんには安心感があるのか、大人しく言うことに従っている。
「そう言えばマキオ君だけやなくて――」
キミカちゃんが笑顔のまま、私を振り返る。
「お母さん、ミサキさんもすっごいベッピンさんやんねー。スタイルもエエし……。うち、誰が見ても貧相な体つきやから羨ましいわぁ」
「え、えええっ……」
思わず変な声が漏れ出る。
突然、自分に話題を振られビックリしたからだ。
「い、いや、そんなこと……」
「それに昔はミサキさんも特撮ドラマなんかによう出演してたやんね。しかも、レギュラー。アクション女優ってめちゃかっこええよね!」
「は、ははは……。レ、レギュラーといっても私はちょい役だったからね。悪の幹部の手下のくノ一みたいな役で……」
正直に言えば――その辺の経緯はあまり詳しく説明したくないし、思い出したくもない。
後見人となってくれた岡崎社長のもとで事務所の研修生となったのは私が十六歳の時。
運動能力が比較的高く、アクションの殺陣などがそこそこ評価されたおかげか、コマーシャルや子供番組の端役など、少しづつではあったけど露出や仕事は増えていった。
社長は私が二十歳になるまでに栗原ミサキの主演映画を撮ると息巻いていたが、あえなくそれは泡と消えることになる。
原因は私の妊娠、だった。相手は某大手事務所の人気アーティスト。
社長や周囲の人々になかなか言い出せないうちに胎は膨らんでいったが当然のように相手側からの認知はなされず、僅かな手切れ金と引き換えに関係を清算することになった。
私程度の女優でもそれなりに取材攻勢があり、アタフタしているうちに十月十日を迎え――、そして、息子が、マキオが生まれた。
文字通り、生まれて初めての寝顔を見て、私は喜びよりも恐怖を覚えた。
このままじゃこの子をまき込んでしまう、と。何の責任感もなく、ただ流れ流されているだけの私の人生に。
ようやく目が覚めた想いの私に対して、激怒しながらも岡崎社長は決して見捨てようとはしなかった。その気があるなら雑用として再雇用してあげるから決断して、と。
そして、現在、私はマキオの母親兼マネージャーとしてここにいる。
それ以外の何者でもないし、なるつもりもない。
「そ、そう言えば――」
気まずい雰囲気になる前にと私は話題を方向転換させる。
「そう言えばキミカちゃんは中学一年生なんだっけ?」
「うん、うちってチビやろ? 百三十八センチしかないんよ。大体、小四ぐらいの体格かなぁ。小さい頃、うち、まともな食べ物、殆んど食べさせてもらえへんかったからその弊害やねんて」
「えっ……」
思わず言葉に詰まる。キミカちゃんの言うような体験は私にも身に覚えがあった。私は絵にかいたような貧困で片親の毒親家庭だったから。
だけど、この子は所謂、いいところの――。
#ダークファンタジー
#和風ファンタジー
#異能
#和風ファンタジー
「あ、塚森家のことちゃうで?」
私の顔色が変わったのを見て、慌てたようにキミカちゃんがつけ加える。
「虫とか生きたまま食べさせられてたのは、うちが童ノ宮に来る前の話やから。今は朝、昼、晩と普通のご飯、食べさせてもらってるねん」
そう言って苦笑するキミカちゃんの笑顔は、マキオと大差ないくらい幼かった。
その無垢さに私は自分の後頭部が白い灰のようになってボロボロと崩れ落ちる様をイメージ。
グラリと上体がよろめき、縋りつくようにして――
私はキミカちゃんを抱きしめていた。彼女の背中に回した手は血の気が引き、氷のように冷たくなっていた。
初対面の大人にいきなり抱きつかれて怖かったのか、小さく悲鳴をあげるキミカちゃん。 だけど、キミカちゃんはすぐに落ち着きを取り戻し、私の背中を軽く、ポンポンと叩いてくれる。思わず声が震えた。
「ご、ごめんなさい。嫌な話をして――」
「ええよ。うちは全然平気やから」
これじゃどっちが大人か分からない。様々な感情が渦巻き、私は下唇を噛みしめていた。
そんな母親の顔を、マキオは不思議そうな表情で見上げていた。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!