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――
「お帰り。
今夜もまた地下の解析室に籠ってたのか?」
今泉さんとの時間を終えて帰宅した私へ、ソファーに座る夫が声を掛けた。
「うん。
昼間は忙しくて、データ解析をする時間まで取れなくて。
夜の方が邪魔が入らないから、レポートが進むの」
テレビを眺める夫の背中を見つめながら、私はゆっくりと上着を脱ぎ、バッグと一緒に椅子の上へ置いた。
「おまえは地下に籠るのが好きだな。
あんな機械に囲まれた部屋が落ち着くなんて、変わってる」
「そう?
遼だって、分厚い壁と扉に閉ざされたオペ室が好きじゃない。同じことよ」
「ああ……確かにな。
オペ室は俺にとってのオアシスだ」
夫は私へ顔を向け、軽く鼻で笑った。
「オアシスだなんて。
それこそ遼の方が変人よ」
私は口元へ柔らかな笑みを浮かべる。
「俺が変人?」
「ええ、そうでしょ?」
「ああ、そうだな」
私の笑顔につられるように、夫も穏やかな笑みを浮かべた。
今泉さんと関係を持った頃は、夫に異変を気づかれてしまうのではないかと怯えていた。
けれど今は――
他の男に抱かれた後でも、平然と夫へ笑顔を向けられるようになっていた。
身体が深い快感を覚え、女として生まれた悦びに喘ぎを上げるたび、私の精神までもが少しずつ麻痺していくような気がする。
自分を守るために。
彼を守るために。
上手に嘘がつける。
上手に笑顔が作れる。
一度覚えた快感は、まるで媚薬のようで――。
それを手に入れるためなら、私はどんな女優にもなれる。
以前、麗香が言っていた。
男は射精してしまえば、一瞬で欲望が消える生き物。
相手が妻なら、なおさら興味は薄れていく。
だから浮気をする前日には、夫に抱かれておくのが安全だと。
それが、守るべき者がありながらも甘い蜜を吸う女の責任だと――。
夫は私を女として見ていない。
触れようともしない。
以前は、それがひどく虚しく感じていたのに……
今は、夫に触れられないことが都合いい。
夫の手によって枯れた花は、
夫以外の男の手によって、
新鮮な水を与えられ、大輪の花を咲かせる。
あなたは何も知らない。
何も見ようとはしない。
夫が他の女にうつつを抜かしている間に、
妻は、夫の知らない「女」へと変わっていく――。
「……ん? 何だ?」
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私の視線に気づいたのか、夫はふと顔を上げた。
「ううん。
今日は凄く疲れたなぁって思って。
先にお風呂入っていい?」
今さら振り返っても、もう遅いのよ……。
「どうぞ。
俺はもう少しテレビを見てから入るわ」
そうやって、いつまでも私に背を向けていればいい……。
「うん。じゃあ、お先に」
私は彼の背中へ満面の笑みを向けると、バッグと上着を手に取り、廊下へ向かって歩き出した。
愛しい人が何度も触れた下半身には、今も甘い火照りが残っている。
どんなに抱かれても、
彼を想えば、たちまち疼き出すこの身体。
こんな私の姿を知ったら、
夫であるあなたは、どれほど悔しい思いをするのかしら。
「……自業自得よ……遼……」
冷ややかな笑みを浮かべ、私は小さく呟いた。
コメント
1件
うわああ第93話!🌸 もうこんなに波乱が続いてるのにまだ終わらないんだね…! 今回の地下の解析室とオペ室の“オアシス”の会話、めっちゃ夫婦の距離感出ててエモかった😭💕 でも、他の男と会った後に平然と笑顔向けられるようになった主人公の心境、なんか切なくて背筋が冷えた…。この平穏な会話の裏にある闇、続きが気になりすぎるよ!!