テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
#ロマンスファンタジー
Jasmine
987
#狂愛
柏木さくら
3,953
桃下結衣
916
ruruha
821
「宮坂先生。今日は冷えると思ったら雪ですよ。
もう四月になるのに、また冬へ逆戻りですね」
沢井くんは目を細め、小さく呟いた。
私はパソコンのキーボードを叩く手を止め、沢井くんが眺める医局の窓へ視線を向ける。
冬の冷たい風に裸にされた落葉樹たち。
空からひらひらと舞い落ちる粉雪が、小枝へ触れては静かに溶けていくのが見えた。
「……三月の雪。
きっと、この寒波が過ぎたら春が来るんだね」
ゆっくりと地上へ降りていく雪を見つめながら、私は柔らかな笑みを浮かべた。
「明日の朝は積もるかな……。
渋滞したら困るなぁ。
帰りもヤバいかな。今日は早く帰りたい」
「そうだね。
朝には結構積もるかも。
明日は車をやめて電車通勤にしたら? たまには地下鉄も新鮮味があっていいわよ」
ブラインドの前で眉間を寄せる沢井くんを見上げ、私は微笑んだ。
「そうですね。
……あっ、僕も明日は宮坂先生と一緒に地下鉄通勤にしようかなっ」
沢井くんは笑顔を返し、楽しそうに声を弾ませた。
……今泉さん、今日は一宮まで営業に出るって言ってたな。
今ごろ、車の中からこの雪を見ているのかな……。
白く霞む空を眺めながら、愛しい彼の姿を思い浮かべる。
「おいっ! 冴えない研修医!
お前、俺の前でなに亜紀さんにちょっかいかけてんだぁ?」
突然、背後から飛んできた威嚇めいた声に、私は驚いて振り返った。
私の背後に立ち、不機嫌さを露わにする男。
「直江先生!?」
私は思わず身を引いた。
「えっ!? あ……あの、僕が宮坂先生にちょっかいをかけるなんて、とんでもないですよ!」
「当たり前だ。研修医ごとき青二才が。
何が『宮坂先生と一緒に電車通勤しようかな~』だ!
図々しいっ。
百年……いや、百万年早いわ!」
直江先生は立ち尽くす沢井くんを見下ろし、その目の前へ人差し指を突きつけた。
「す、すみません。
僕はそんなつもりでは……」
細身の身体をびくっと縮こませ、眼鏡の奥の小さな目は恐怖で瞬きすら忘れている。
「大体、お前は最初から気に入らないんだよ!
亜紀さんの周りをウロチョロしやがって。
ウザいんだよ!」
「そ、そんな……
宮坂先生は僕の指導医なので……」
「ちょっと!
直江先生、いい加減にしてください!
どうしてあなたは、いつも……」
「亜紀さんは黙ってて。
今、こいつに礼儀ってものを叩き込んでやるか――」
「ウザいのはお前だっ!!」
パコーンッ!!
「イテーッ!!」
派手な効果音とともに、直江先生は頭を抱えて前屈みになった。
「れ、麗香……」
「亜紀の周りをウロチョロしてんのは、アンタでしょーが!!」
直江先生の背後には、雑誌を片手に仁王立ちする麗香。
直江先生の頭でハリセンさながらの効果音を響かせたのは、どうやら麗香が丸めて握っている雑誌らしい。
「麗香、お前何すんだよっ!
優秀な脳細胞に障害が生じたら、どうしてくれる!」
直江先生は両手で頭をさすりながら、口を尖らせた。
「適度な刺激で、少しはまともになったんじゃない?
私に感謝してほしいわね」
「なにーっ!
まったく、何て凶暴な女だっ!
亜紀さん、悪いこと言わないから、こんな容姿だけのおっかない女とは縁を切った方がいいよ」
そう言うと、直江先生は応接用の長椅子へどすんと腰を下ろした。
「おい、研修医。
珈琲くれ。
ブラックな」
「何でうちの沢井くんがアンタに珈琲入れるのよ!
アンタの医局は外科でしょ。
勝手にうちの医局でくつろがないでくれる?」
「いいだろ、別にどこで珈琲飲もうが。
内科に置いてある珈琲も、外科に置いてある珈琲も、同じ経費から出てるんだろ?
ケチケチすんなよ」
「そういうことを言ってるんじゃないの!
アンタがいると目障りなのよ。外科に帰って!」
あぁ……
また始まった。
「……はぁ」
二人の茶番を眺め、大きくため息をつく。
あの騒がしい男、直江悠希が赴任してきて、早三か月。
彼は「居心地がいい」という理由で、犬猿の仲である麗香に邪険に扱われながらも、なぜかこの内科医局へ入り浸っている。
あっ……
実を言うと、麗香に会いたくてここへ来てたりして。
罵声を飛ばし合う二人を眺めながら、私は思わず「ふふっ」と小さく笑った。
「ちょっと亜紀。
なに一人でニヤけてんのよ。
あっ、そういえば、さっき旦那が病棟で亜紀を探してたわよ。コールなかった?」
「坊やの相手はもう飽きました」と言わんばかりに、麗香は私の隣へ腰を下ろし、頬杖をついた。
「えっ、コール?
……しまった!
さっき検査に入った時、バイブのままだった」
慌てて白衣のポケットから携帯電話を取り出す。
「……あら。
噂をすれば何とやら。直接医局にいらしたわよ。亜紀のダーリン」
頬杖をついたまま視線を上げた麗香は、口元へ皮肉っぽい笑みを浮かべた。
コメント
1件
柏木さん、第94話お疲れさまです!雪の日の医局、直江先生の乱入で一気に賑やかになって面白かったです。沢井くんがビクビクしてるのと、麗香のハリセン攻撃のテンポが絶妙で、思わず笑いました。亜紀さんが「もしかして麗香に会いたくて来てる?」とニヤけるシーン、こういう人間関係の読み合いが好きです。最後の「噂をすれば」で旦那さん登場の伏線も気になる。次が楽しみです!