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「くそ! ずるい奴め! 砂なんて、そんな汚ねぇ真似しやがって……!」
覚醒者が目を押さえ、涙と砂を撒き散らしながら喚き散らす。その無様な姿を見下ろして、俺は折れて力なくぶら下がる左腕を、シャツの裾を裂いた布で胴体に固定した。
「ずるい? あぁ、そうかもな。だが、俺の目的はこの国のトップを倒し、災厄を防いだ後に……もう一度、あの光り輝くステージでスーパースターに戻ることなんだよ」
アドレナリンが激痛を焼き切り、意識が冷徹に研ぎ澄まされていく。
「お前みたいな、過去の怨念に囚われてるだけの亡霊に、苦戦してる場合じゃないんだ。俺が見てるのは、もっと先の『正解』なんだよ」
「舐めんなよ……! 本気で、本気でぶっ殺してやる! 次は、一秒も容赦しねぇ!!」
覚醒者が叫び、顔から手を離した。真っ赤に充血した瞳が、殺意だけで俺を射抜く。
「来いよ。」
俺は地面を蹴った。骨折した左腕を庇いながらも、前傾姿勢で最短距離を突き進む。奴との距離は、あと五メートル。
だが、覚醒者は恐怖を塗りつぶすような速さで後方へ飛び退いた。そして、その震える右手を――再び、あの忌々しいジャケットのポケットへと捻じ込んだ。
「――来るぞ……ッ!」
俺の叫びと同時に、今度は俺のシャツの襟元から、銀色の閃光が飛び出した。首筋を狙ったナイフ。能力で俺の死角から直接殺しに来た。
「くっ……!」
紙一重で首を逸らす。冷たい刃が皮膚を掠め、鮮血が舞う。……チッ、いつまでも俺の服を「入り口」にされてたまるか。
俺は迷わず、血に濡れた上着を剥ぎ取って地面に投げ捨てた。左腕の痛みが走るが、そんなのは気にしない。これで、俺の体から「隙間」は消えた。
「ナイフを隠し持ってやがったか。……お前も、十分卑怯じゃねぇか」
「あぁ? もうそんなの関係ねぇんだよッ!」
俺は剥き出しの筋肉を躍動させ、奴の懐へと踏み込んだ。右の拳を叩き込む。だが――奴はそれを、事もなげに片手で受け止めた。
「ガッ……!?」
逆に放たれた奴の拳が、俺の腹部を抉る。内臓が潰れるような衝撃。俺は数メートル後方へ吹き飛び、壁に激突した。
「おい、能力を使わせなければ俺っちに勝てると思ったか? 甘いんだよ、No.1」
覚醒者がポケットから手を抜き、首を鳴らしながら歩み寄ってくる。その体から立ち昇る「圧」が、先ほどまでとは別次元に膨れ上がっていた。
「俺っちは『覚醒者』。遺伝子レベルで書き換えられた、新人類なんだ。素のスペックそのものが、お前ら人間とは違うんだよ!」
トオルの言葉が脳裏をよぎる。覚醒者は、能力以前に、とてつもない筋力と異常な再生力を備えている。服を脱いで能力を封じても、そこにあるのは圧倒的な「暴力」という名の、もう一つの不自由だった。
「……あぁ、そうかよ。化け物なのは、その性格だけじゃなかったってわけだ」
俺は口の中の鉄の味を噛み締め、再び立ち上がった。
「第二ラウンド? 笑わせるな。お前にあるのは、無様に俺っちに負ける未来だけだ!」
身体が悲鳴を上げている。左腕は死に、脇腹の肋骨も数本いっているだろう。だが、能力の制約も、素のフィジカルの格差も、すべて把握した。
まだ、俺の野性は死んじゃいねぇ。まだ、負けて――。
「……なぁ、No.1。お前は服を脱いで『隙間』を消したつもりだろうけどさ」
覚醒者が不気味な笑みを深く刻む。
「俺っちの能力は、対象に『隙間』があれば、どこだって入り口になるんだぜ?」
「……あ?」
あまりの激痛に、呼吸を整えようと俺が口を開けた、その瞬間。
「――っ、がぁあッ!?」
内側から、鋭い鉄の味が爆発した。俺の『口内』から、ナイフを握った「手」が突き出したのだ。喉の奥を、頬の裏を、無慈悲に刃が切り裂く。
「な……ごほっ、ごっ……!」
俺は衝撃で咄嗟に口を閉じた。その瞬間、侵入していた手は行き場を失い、霧のように消失する。
口の中に溜まった血を吐き出す俺を見て、覚醒者は腹を抱えて笑い転げた。
「な? 口を開けたら『隙間』ができるだろ? 」
「……ごほっ、はぁ、はぁ……」
服を脱いでも、息をすることすら命懸け。俺の肉体そのものが、奴にとっての『入り口』に書き換えられていた。
奴の能力をもっと詳しく知るべきだった……。口を開けるだけで「入り口」になる。この身体そのものが、奴にとっての狩場に書き換えられていた。どうする。呼吸すら封じられた俺に、一体何が残っている。
その時、後方でレイが自分のズボンのポケットを軽く叩きながら、冷めた声を響かせた。
「ねぇ、もっと頭を使ってよ。……君は、始まりのナンバーズでしょ? 一回死んでみなよ……少しは冷静になれるはず」
レイの奴、なぜ自分のポケットを……。……あぁ、そうか。そういうことかよ!それを突くには、俺の命をチップにするしかねぇ。賭けるしかねぇ……!
俺は無言で地を蹴った。真正面、最短距離。覚醒者の目の前まで一気に肉薄する。
「またそれかよ。つまんねぇんだよ、お前の猪突猛進はッ!」
覚醒者がポケットの中で指を動かす。俺はそれよりも早く、あえて喉を曝け出すように大きく口を開いた。
「おい……! 来いよ、捨てられた雑魚!」
「死ねッ!!」
覚醒者が吠えた瞬間、俺の開いた口から、再びナイフを握った手が突き出した。鋭い刃が俺の喉を無慈悲に引き裂き、鮮血が噴き出す。
意識が遠のく……。視界が赤く染まり、喉の奥から噴き出した鮮血がコンクリートを叩く音だけが聞こえていた。
「やった……。死んだな! 死んだよ、No.1! あはははは!」
覚醒者の狂喜した声。奴は、勝利を確信して無防備に俺の死体へと歩み寄る。
だが、ふと奴の声が強張った。
「……ん? 俺っちのジャケット……ポケットが、千切れてる?」
その瞬間。死体になったはずの俺の喉から、凄まじい熱量と共に白濁とした蒸気が噴き出した。細胞が、遺伝子が、あり得ない速度で回復していく。
「……ごほっ、はぁ、はぁ……ッ!」
俺は立ち上がった。喉に刻まれたはずの死の傷跡は、今や薄い赤みを帯びた線へと書き換えられている。
「はあ!? なんでだよ! 俺っちは確実に、お前の喉を裂いたはずだぞッ!!」
「あぁ……ギリギリだったぜ。……お前、怒ると周りが見えなくなるタイプだろ?」
「俺っちは常に冷静だ! 怒ってなんかないッ!」
「ははは! よく言うぜ。……俺から奪った『薬』、右のポケットに隠してたんだな」
喉を裂かれる衝撃の瞬間。奴が「勝てた」と思い、最強の防御であるポケットの警戒を解いた、そのコンマ数秒のラグ。俺の右手は、喉を流れる血を隠れ蓑にして、奴の懐にある『薬』を奪い取っていたんだ。
「!! あ……。お、お前……まさか、わざと……」
「あぁ。俺がお前を挑発し、喉を裂かれて倒れ込んだ時。お前が一番『気』を抜く瞬間を、俺は死ぬ気で待ってたんだよ」
「だ、だからって……再生なんておかしいだろ! 喉を裂かれたんだぞ!?」
俺は喉の傷跡を無造作に撫で、もはや痛みすら消え失せた身体で冷徹に告げた。
「お前、ナンバーズに執着してる割には……何も知らないんだな。」
俺は一歩、踏み出す。さっきまで死にかけていたとは思えない、力強い大地の震え。
「俺が倒れ込みながら飲み込んだ『薬』……それは、イモリの遺伝子だ。奴らは失った四肢どころか、心臓や脳の一部すら再生させる。その生存戦略を、俺の身体に発現させた。」
「い、イモリだと……? そんな、下等な生物の力が……!」
「下等? 冗談じゃねぇ。……いいか、絶望しろ。ここからの俺は、薬の効果が切れるまで、文字通りの『不死身』だ」
俺の背後から噴き出す蒸気が、覚醒者の視界を白く染め上げる。
コメント
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ああ、もう熱すぎる……! わざと喉を晒して薬を奪い、イモリ遺伝子で不死身になる展開、痺れました。覚醒者の「口を開けるだけで隙間」って能力もえげつないけど、それを逆手に取る主人公の胆力がカッコよすぎる。レイの一言も効いてたし、伏線の回収が気持ちいい回でした! 次の展開、めっちゃ気になります!