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二人は受付を通ってからセミナー会場がある階までエレベーターで昇った。

会場となる大会議室まで行くと人事部の山崎が二人を迎える。


理紗子は磯山を山崎へ引き合わせると案内された控室へ行った。

セミナー開始まではここで少し待つ事になる。


そこで理紗子は磯山に聞いた。


「ところで磯山さん、受付嬢の内田さんとはその後いかがですか?」

「あっ、はいっ、えっと、先日彼女の誕生日だったんですよ。そこで結婚を前提にお付き合いをしたいとちゃんと伝える事が出来ました」


磯山は少し照れた顔をして理紗子に報告する。


「キャーッ、いよいよですね、おめでとうございます!」

「いえいえ、これも水野先生に色々アドバイスをいただいたお陰です。本当にありがとうございました」

「それにしても磯山さんって真面目ですよね。第一印象ではもっとチャラい人かと思っていましたよ、私…」

「えーっ? 私がですか?」

「はい。お洋服やメガネはオシャレだし頭は良さそうだし、この人絶対モテるから近寄りがたいわーっていう雰囲気がプンプンしていたし」

「え? 私ってそんな風に見えるんですか? いやーそういうのって聞いてみないとわからないものなんですねぇ。って事は彼女もそう思っていたのかなぁ?」

「じゃないですか? 陰で見ているだけでいい、推し活的な存在でもいい…彼女からはそんな雰囲気が漂っていたのでつい私もおせっかいオバサンをしたくなっちゃったんですもん」

「って事はやっぱり水野先生に教えてもらわなかったら彼女とは何もなく終わっていたという事ですよね? いやーチャンスを逃すところでしたー」

「そういう事です。つまり私という愛のキューピットのお陰ですよー」

「ハッ! 本当に感謝しておりますっ」


そこで二人は声を出して笑った。磯山と話しているうちに理紗子の緊張感が少しほぐれる。

そこで磯山が腕時計を見て言った。


「セミナー開始まではまだ15分くらいありますね。ちょっとだけ失礼します。時間までには戻りますので」


磯山は部屋を出て行った。

そして10分ほどして戻って来ると再び理紗子に言った。


「私は会場の一番後ろにいますので何か困った事ああれば目で合図を送って下さいね」

「ありがとうございます。あー緊張してきたわ。なんか去年の映画の舞台挨拶の時を思い出しちゃう」

「あの時は有名芸能人と同じ舞台でしたからねー緊張しますよー。でも今日はよく知った会社なんですから大丈夫です! リラックス、リラックスですよ!」


磯山は笑顔で安心させるように言った。


その時理紗子は思い出していた。あの映画の舞台挨拶の時も磯山が緊張をほぐしてくれた事を。

自分はなんと良い編集者に出会えたのかと心から感謝する。


無名の自分を発掘し小説家としてデビューさせてくれた磯山に対し理紗子が恩返し出来る事と言えば良い作品を生み出す事、これに尽きる。そして人としても尊敬されるような小説家でありたい……そう思っていた。


その時ノックの音が響いた。


「水野先生、お時間ですのでお願いいたします」

「わかりました」


そこで理紗子はスックと立ち上がったので続いて磯山も席を立つ。


磯山は理紗子の凛々しい立ち姿を見て密かに感動していた。

磯山が理紗子を見つけたのはネットの小説投稿サイトだった。

最初は初心者丸出しのおぼつかない文章が投稿を繰り返すうちに洗練された文章へと変わる。

理紗子の小説のテーマや発想は常に光るものがあり物事の本質の捉え方や視点には他とは違うセンスを兼ね添えていた。

だから磯山は理紗子が無名のうちからずっと注目していた。

そして磯山の予想通り理紗子は徐々に順位を上げ固定のファンも多く突き始める。

その時磯山は自分の勘に狂いはなかったと確信した。


その後理紗子に直接連絡を取った。

『moon story~真実の愛は新月から始まる~』の連載がまだ続いている段階で他社に出し抜かれない為に先手を打った。

そしてその後理紗子と会った。その時理紗子が会社を転職しようとしている事を知る。

その時点で理紗子の小説がコミカライズされる事は決定していたのでその後の権利を美月出版が請け負う形で理紗子と契約を交わす。

そしてその後小説は書籍化から一気に映画化への話が進み、理紗子はいきなりプロの小説家として注目を浴びる事となった。


前にも話したように磯山は以前理紗子に交際を申し込んで撃沈した。

今思えば編集者としてはあるまじき行為だ。

しかしあの時の理紗子の答えはこうだった。

今は恋人なんて作る気もないしもしかしたら一生独身のまま生きて行くかもしれないと言っていた。

その証拠に理紗子はその後すぐに中古マンションを購入した。


あの時理紗子が笑って受け流してくれたお陰で気まずい雰囲気にもならず、その後も仕事仲間として良い関係を築く事が出来ている。


『自分の小説に関わる人達はとは一生大切につき合っていきたい』


あの時理紗子に言われた言葉に磯山は感銘を受ける。

理紗子と同じく物作りに携わる者として磯山は彼女のその言葉を深く心に刻んでいた。


今、目の前にいる理紗子は初めて会った時の理紗子とは全くの別人だった。

自分の力でチャンスを掴み取り、自分の足でしっかりと立ち、自分の気力で前へと進み、自分の感性で素晴らしい作品を生み出す。

今の理紗子はパワーに溢れていた。


そして仕事以外でも理紗子は変わった。

理紗子はとても美しくなった。

一番近くで理紗子を見てきたからこそ磯山はその変化に真っ先に気づいた。

理紗子は恋をして一段と綺麗になった。そして彼女を綺麗にしたのは佐倉健吾に他ならない。


磯山は健吾に拍手を送りたい気持ちでいっぱいだった。

自分には果たせなかった事を健吾はやすやすと果たした。完敗だ。

今磯山は健吾に対し心からの祝福を送っていた。


背筋を伸ばし凛とした表情で歩く理紗子の後ろ姿を見ながら編集者・磯山雄介は感無量の思いでいた。

磯山は兄のような思いで理紗子の姿を見守っていた。

この作品はいかがでしたか?

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コメント

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ユーザー

磯山さんと理紗子ちゃんの信頼関係、とても 素敵ですね🍀 理紗子ちゃんとは恋仲には なれなかったけれど、彼女への真っ直ぐな信頼や愛情を強く感じます✨ 健吾さんと磯山さん、二人の 理紗子ちゃんとの出逢いや 彼女へのアプローチの時期が少しズレていたら 一体どうなっていたのかなぁ~と考えたりもするけれど🤔 磯山さんにも今は愛する人がいて 幸せそうで、本当に良かった....💖✨ これからも 良き理解者、仕事仲間として、理紗子ちゃんを よろしく頼みます🙏🍀

ユーザー

磯山さんの理紗子ちゃんに対する愛情を感じました。 健吾に完敗したと言ってたけど、してないですよ!!! 原石を見つけたのは磯山さんなんですから✨自信を持って理紗子ちゃんを変わらず愛してあげててください。もちろんその愛は恋人の愛ではないですよ!えっ知ってる、そうですよね〜🤣 席を外した10分は健吾と電話してたのかな? 公演終了までよろしくお願いします🙏

ユーザー

磯山さんが理沙ちゃんが副業で小説を書いている時からずっと応援していた姿勢や気持ちがすごく良く伝わってきてほのぼのとしました🥰👍💓 さりげなくもアタックして玉砕したのももしかしたら時期が原因かもしれないけど、きっと理沙ちゃんキューピット💘のサポートで内山さんと出会うステップ🪜だったのかも⁉️❣️ 今は理沙ちゃんも健吾も大信頼を寄せてる磯山さんだからこれからも理沙ちゃんの事、よろしくお願いいたします😘✨

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