鋼谷は、芥見下々の言葉を胸に刻みつつ、次の一手を考えていた。宿儺と五条の存在が世界に与えた影響、そしてそれが未だに続く「裂け目」の問題を解決するためには、もう一つの重大な問題に立ち向かわねばならなかった。
それは、幽霊――この世界に残った、未練を持ち続けている者たちの魂の問題だ。
鋼谷が思いついた解決法は、あまりにも大胆で、まるで数学的なアプローチそのものだった。数学者としての佐藤亮の力を借りることに決めたのだ。
「幽霊定数を0に設定する――それが解決策だ。」
鋼谷は、佐藤亮に連絡を取ると、すぐに二人は会うことになった。佐藤は鋼谷に向かって、眉間にしわを寄せながらも冷静に答える。
「幽霊定数を0に設定?それは…理論上は可能かもしれないが、実際に実行するとなると、かなりの力が必要だ。幽霊とは、単なる死者の霊ではない。未練が残っている限り、存在は消えない。だが、もし数式として扱えるなら、幽霊という存在そのものの「定義」を消すことは可能だ。」
佐藤亮は冷静に考え込む。彼の異能、数式干渉を使えば、ある意味で幽霊という存在を数式として取り扱い、その「値」を無理矢理消し去ることができるかもしれない。だが、それには非常に高い数学的な精度と、膨大なエネルギーが必要だ。
「幽霊定数」とは、物理的に存在しないものを数値化した際に出てくる、いわば「存在の余剰部分」のようなものだ。通常、幽霊や霊的存在は物理的法則に従わないが、数学的定義がされるならば、数式を使って「存在しない部分」を打ち消すことができる。
佐藤亮は深呼吸をし、手元のノートに数式を走らせる。鋼谷もその背後で静かに見守っていた。
「0に設定するだけで、幽霊たちは完全に消える。それを数式として実行すれば…」
佐藤は目を閉じ、全神経を集中させる。彼の頭の中で無数の数式が浮かび、計算が進んでいく。
瞬間、世界が静寂に包まれるような感覚に包まれた。鋼谷の目の前で、浮遊する霊たちが一斉に浮かび上がる。彼らは、鋼谷を見つめ、何か言いたげに口を開こうとするが、その言葉は出てこない。
「幽霊定数 = 0。」
佐藤亮が呟いたその瞬間、彼の手から放たれた数式が空間に渦を巻く。浮遊していた霊たちが、次々と消え去っていく。彼らは次第に、ただの「霧」や「霞」のようになり、最後には完全に無に帰した。
鋼谷はその光景を見守りながら、静かに息を呑む。
「これで…すべての幽霊が退散した。」
佐藤亮は数式を書き終え、ホッと一息つく。彼の異能である「数式干渉」は、あまりにも強力で、対象を数学的に消去することができる。しかし、その力を使うのは非常にエネルギーを消費するため、普段は滅多に使わない。
鋼谷は自分の目の前で消え去った霊たちが、過去にこの世界に残した未練や影響が無くなったことを感じ取る。そして、すべての問題が一段落ついたわけではないということも理解していた。
「だが、これでこの世界に取り残されたものが一つ、消えた。」
鋼谷は佐藤亮に向かって言った。
「ありがとう、佐藤。君の力で、無数の魂が安らかになったことだろう。」
佐藤はうなずきながらも、少しだけ疲れた様子を見せる。
「やるべきことはやった。次は…君がやらないと。」
鋼谷は頷くと、再び自分の足元に目を落とし、深く息をつく。これから待ち受けるものが何であれ、もう後戻りはできない。